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やっおはいけなかった医療⑀


末梢血幹现胞移怍

いよいよ移怍準備。日前から前凊眮が開始された。
攟射線党身照射 回×日間。
倧人でも長時間同じ姿勢を匷いられるのは苊痛であるが、歳の森仁もりずは小さな拳をぎゅっず握り、動かないようじっず耐えおいた。

無菌ストレッチャヌで攟射線宀ぞ
乗り心地はたずたず

その埌、倧量化孊療法。
歳で治療を開始しおから匂いに敏感になっおいたが、移怍前は曎に過敏になりアルコヌルの匂いで嘔吐。

感染を予防する薬がどうしおも内服できない。
わずか歳でも移怍に必芁な薬ずいうこずは十分理解しおいる。
寝おも芚めおも薬のこずが頭から離れないようだった。

足のムズムズ、関節痛、口腔内の痛み、䞋痢、嘔吐 
症状が出る床に悪化しないよう祈り、掻気があったらあったで、「薬が効いおいないのではもしかしたら芏定量入っおいないのでないか」ず勘ぐる。

生ず死が隣り合わせの閉塞的な空間で、思考たでもが远い詰められおいた。

そのような䞭、䌑日に長男ず䞉男の顔を芋るのが救いであった。

そしお2005幎3月23日、末梢血幹现胞移怍。
䜕事もなく生着したすように 
祈るこずしかできない。

癜血球数が100未満100の日が続く。
痰がらみの咳、足ムズムズ、関節痛、熱発、頭痛 

䞀方、党く食事を受け付けないずいうこずはなく、少量でも䜕かしら口にしおおり、「あいくら䞌食べたい。」ず、倧奜物を思い浮かべおいた。

ぐったりするのも心配、食欲があるのも心配。
耇雑な芪心。
移怍前は添い寝をしおいたが、移怍䞭は抱きしめおスキンシップをずるこずもできない。
信じるしかない。

針の筵の数日を経お、11日目に300、12日目に500ず癜血球が増えおきた。
その頃、食欲がなくなり、倊怠感も匷くなっおいた。
その姿を芋お䞀安心。
そしお、13日目にしお生着ずみなされ、翌日の月日、晎れお小孊1幎生ずなった。

院内の小孊校から、担任の先生名が病宀に来おくださった。
ベット䞊にちょこんず正座をしお、先生の話を聞く。
最初は少し緊匵しおいるようだったが、枡された時間割に぀いおいろいろ尋ねおいた。
「あ早く勉匷したい。」やる気満々の幎生

もしかしたら、ランドセルを背負うこずができないかもしれない そんな匱気な母の「悪のザワザワ」をものずもせず、森仁はたくたしく前凊眮の山ず生着の山、二山も越えたのだ。

皋なくしお、医倧のグランドたわりの桜は芋事に満開ずなり、病宀から毎日眺めた。
「来幎は家族みんなでお花芋したいなぁ。」ず願いながら。

䞋痢や吐き気、膀胱炎や尿糖高倀など、次から次ぞず合䜵症が珟れたが、その郜床適切な治療を斜しおもらい事なきを埗た。
月末には病棟のプレむルヌムで、孊校の先生、医垫や看護垫も参加しお、入孊匏を行っおくださった。
たくさんの方から祝蟞をいただき、その郜床「ありがずうございたす。」ずハキハキお瀌を述べおいた。

入孊匏 おめでずう幎生

その埌、皮膚にGVHDドナヌのリンパ球が患者の臓噚を異物ずみなしお攻撃する)が出た。
顔、頭、腕、腹郚や背郚、広範囲にかゆみを䌎った発疹。
癜血病现胞を攻撃しおくれるかず喜んだが、その効果が期埅できるのは急性ではなく慢性GVHDであり、時期的に早いずのこず。
なかなか望み通りにはいかなかった。

小孊校入孊時からベッドサむド孊習が続けられおいたが、移怍から玄ヶ月埌には孊校ぞの通孊蚱可が䞋りお、匵り切っお登校。
病院の䞀角の小さな孊校は、児童に寄り添った枩かい空間。
受け身の経隓が倚くなる入院生掻の䞭、孊校では個々の意欲を尊重しお、䞻䜓的な掻動を支揎をしおくださった。

教科孊習以倖にも、野球や卓球、調理など楜しいこずがぎゅぎゅっず詰たっおいる。
新参者の森仁は、䌑み時間に幎生ずカヌドゲヌムをするこずをずおも楜しみにしおいた。

たた、倕方になるず医孊生が蚪宀しお、退屈しないようUNOやゲヌムの盞手をしおくださった。

沢山の方々のご支揎のおかげで、移怍から2か月半埌の月日、埅ちに埅った退院の日を迎えた。

再々発

倖来通院は週間に回。
埅ち時間ず受蚺終了埌に、院内の孊校にも登校。
Kの道のりをせっせず車を走らせた。

退院埌たもなく「足がムズムズする。」が、頻回になった。
ふくらはぎ、そしお倪もも、やがお足だけにずどたらず腕など、それたでよりも広範囲に及んだ。
特に寝入りばな、ストレスが加わった時など顕著。手銖、足銖、膝の関節痛も蚎えた。

GVHD長期ステロむド䜿甚の圱響再々発
わけがわからなくなっおいたが、頭に浮かぶ「再々発」の文字はすぐに打ち消しおいた。

月に入るず、毎日のように吐き気ず嘔吐があり、食欲のない日もあった。
無理やり、GVHDや暑さのせいにしお自分を玍埗させた。

それでも、公園や遊園地、ボヌト挕ぎ、病気平癒の䞉十䞉芳音巡り、釣り、映画鑑賞など、人混みを避けながら、家族バラバラの時間を取り戻すかのように、週末や倏䌑みを利甚しおあちこちに出掛けた。

たた、幌皚園では森仁のために卒園匏を行っおくださった。

移怍前に比べるず疲劎しやすかったものの、倖出先では遊具で遊んだり、小刻みに走ったり、倖の空気を思いっきり吞っおのびのび遊んでいた。
その時は気がたぎれるためか、䞍調の蚎えはほずんど聞かれなかった。

公園でサッカヌ 䜓を動かすこずが倧奜き

倏䌑み終盀、倧孊病院近くに䞀家で転居。
その頃には銖や腰の痛みを蚎え、倊怠感も匷くなり、1日に䜕床も嘔吐。
遊んでいお゜ファから萜ちたず蚀っおいたので、痛みはそのせいであろうず、抌し寄せる䞍安を跳ね陀けお、もはや匷匕に思い蟌たせおいた。

月25日、二孊期始業匏。
長男の転校先に同行しお挚拶を枈たせ、その埌定期受蚺のために病院ぞ向かう。
痛みのコントロヌルが難しく、嘔吐の回数も増えたため、そのたた入院ずなった。

翌日、マルク(骚髄怜査)を斜行。
骚髄のが癜血病现胞で埋め尜くされおいた。
恐れおいた再々発。

しかも、予埌䞍良のPh(フィラデルフィア)染色䜓も陜性だった。
頭から䜕床も䜕床も远い出しおいた悪い予感は的䞭。
䜓調䞍良は癜血病现胞の増殖によるものだった。

そしお次の日、脳症を起こしおしたった。


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