『正欲』書評|「多様性」という言葉の欺瞞を暴く、静かなる断絶の物語
2026年、最新作『イン・ザ・メガチャーチ』で本屋大賞を受賞し、今最もその動向が注目される作家・朝井リョウ氏。その作家生活10周年記念作品である『正欲』は、現代社会が掲げる「多様性」という言葉の裏側に潜む、残酷なまでの「断絶」を描き出した衝撃作です。
「自分は理解がある人間だ」と思っているすべての人へ。本作は、あなたの善意が無意識に誰かを排除している可能性を、鋭く、論理的に突きつけてきます。
▼ 今回ご紹介する書籍はこちら
Amazonで詳細を確認する(Kindle / Audible / 単行本)
【あらすじ】
不登校の息子を持つ検事・寺井啓喜。寝具メーカーで働く桐生夏月。そして、大学のダンスサークルに所属する諸橋大也。 住む場所も立場も異なる彼らの人生は、ある「事件」をきっかけに交錯していきます。
「正しい」生き方を求める者と、誰にも理解されない、あるいは口にすることすら許されない「指向」を抱えて生きる者。交わるはずのなかった点と点が結ばれたとき、私たちが信じていた「世界の見え方」は音を立てて崩れ去ります。
【刺さる人・やめた方がいい人】
本作は、読者の倫理観や社会に対する解像度を激しく揺さぶる「劇薬」のような作品です。
■ こんな人には「刺さる」一冊です 現代の「多様性」という言葉に、どこか居心地の悪さや浅薄さを感じていた方には、その違和感の正体を探るための確かな手がかりとなる一冊です。組織や社会の中で「理解し合えること」を前提に動くシステムに疲弊している方、あるいは論理や言葉では説明できない「衝動」を抱えて生きる孤独を知る方にとって、本作は痛みと共に確かな共鳴をもたらします。
■ こんな人には合わないかもしれません 「正しい者は報われ、悪は裁かれる」という明確な勧善懲悪を求める方や、読後に明るく前向きな気分になりたい方には不向きです。人間の深淵にある欲望や、是正されることのない無自覚な攻撃性が描かれるため、精神的に余裕がない時に読むと、その重さに圧倒されてしまうかもしれません。
【読んだきっかけ】
2026年、『イン・ザ・メガチャーチ』での本屋大賞受賞を受け、朝井リョウという作家の思考の根源に触れるべく、重要作である本作を手に取った。
【感想】
「多様性」という言葉が、実は「理解しやすいマイノリティ」だけを救うための道具に過ぎないという指摘に、雷に打たれたような衝撃を受けた。自分の中でずっと引っかかっていた「受け入れられることが前提の多様性」への違和感が、見事に言語化されていると感じる。
特に、検事・啓喜という「正しい」とされる側の無自覚な攻撃性と、それに対する圧倒的な違和感には、胸が締め付けられるような思いだった。無自覚だからこそたちが悪く、それが是正されることもないという描写は、あまりにも残酷でリアルだ。
結局、組織や社会の中で「理解し合えること」を前提に動くこの世界。そこには、誰にも理解されない孤独と、それでも繋がる一筋の「属性」への確かな光がある。論理や言葉で説明しきれない「欲望」を、小説という形でここまで精緻に描き出した筆致には、ただただ圧倒される。
【ボリューム感】
非常に重たいテーマなので、一章ごとに咀嚼し、自分の倫理観と照らし合わせながら、時間をかけてじっくりと読み進めたい。人生の「ある時期」に必ず読んでおくべき、社会へ重厚な一石を投じる一冊である。
【読後の一語】
断絶
【まとめ】
『正欲』というタイトル。読了後にその意味を問い直したとき、私たちが「正しい」と信じて疑わなかった欲望や正義が、いかに傲慢で浅薄なものだったかを突きつけられる。
絶望的な孤独の中に、同じ「属性」を持つ者同士が繋がる瞬間の、微かな、しかし確かな光。 明日から隣を歩く他人が、自分には想像もつかない世界を生きているかもしれない。そんな、他者への根源的な畏怖を抱かせてくれる傑作だ。
選べる読書スタイル
紙の本でじっくり向き合う
Kindleで手軽に持ち歩く
Audibleで「知の響き」を体感する
いいなと思ったら応援しよう!
応援チップ励みになります。ありがとうございます