エッセイ『お盆休みを振り返って』
一昨日まで、自分はお盆休みでした。
8/8〜12まで休み。
13、14と出勤。
そして15、16と、また休み。
なんとも変則的なお盆休みでした。
休ませたいのか、働かせたいのか。
会社側もたぶん、まだ決めかねていたのでしょう。
「とりあえず一回休ませて、ちょっと働かせて、もう一回休ませてみるか」
人間を弱火で煮込むみたいな勤務体系でした。
そんなスケジュールだったので、今の会社に勤め始めて初めて、会社のノートパソコンを家に持ち帰りました。
これがすべての間違いでした。
会社のパソコンが家に置いてある。
ただそれだけです。
電源も入っていません。
音もしません。
メールも飛ばしてきません。
ただ、そこにいる。
それだけなのに、ものすごく落ち着かない。
リビングの端に置いてあるだけで、圧がすごい。
「俺、いるけど?」
みたいな顔をしている。
いや、知ってるよ。
だから嫌なんだよ。
ソファに座ってテレビを見ていても、視界の端に会社のパソコンがいる。
冷蔵庫からビールを取り出しても、いる。
風呂から上がってパンツ一丁で歩いていても、いる。
なんなら、
「ずいぶんくつろいでますね」
と言われている気さえする。
家のインテリアの中に会社のパソコンが一台あるだけで、これほど違和感があるものなのか。
たとえるなら、
イタリアンレストランでラーメンが出てくるような。
中国の女子バスケチームに220cmの選手がいるような。
noterの集まりに、一人だけギャル男がいるような。
お葬式の受付にUber配達員がいるような。

あ、けっこう馴染んでる!
そうだった。こいつらはどこでも馴染めるんだった。
そんな感じである。
別に何も悪いことはしていない。
でも、気になる。
圧倒的に気になる。
一応、8/11にメールだけチェックしようと思って持って帰ってきたのですが、完全に失敗でした。
自分は基本的に、休日や退社後は一切仕事をしないと決めています。
そこはかなり徹底しています。
会社の上司にすら、
「本当に急用の時以外、勤務時間外は連絡しないでください」
と伝えています。
なかなかの部下です。
普通は上司が部下に言うやつです。
それを部下側から言っています。
なので会社のパソコンが家にあるだけで、プライベートを侵害されているような気持ちになる。
誰からも連絡は来ていない。
仕事も頼まれていない。
パソコンも起動していない。
なのに、
「会社の物が家にいる」
のである。
これは嫌だ。
会社の物は会社にいてほしい。
家まで来ないでほしい。
会社と自宅は、別れた男女くらいキッチリ距離を取ってほしい。
たまに駅で見かけても、声をかけないくらいの関係でいたい。
結局8/11、意を決してパソコンを開きました。
メールをチェックするだけ。
それだけ。
本当にそれだけのつもりでした。
電源を入れる。
Windowsが立ち上がる。
その瞬間、
お盆休み、終了。
まだ休みなのに終了。
体は自宅。
心は出社。
メールを数件確認して、そっとパソコンを閉じました。
所要時間は大したことありません。
でも、その日の解放感は完全に死にました。
恐ろしいものです。
仕事というものは、時間ではない。
「気配」なのです。
会社のパソコン一台で、人はこんなにも休日を奪われる。
ということで今回、ひとつ大きな教訓を得ました。
会社のパソコンは、家に持ち帰ってはいけない。
たとえ電源を入れなくてもです。
あいつはそこにいるだけで仕事をしてきます。
まあ、ちっちゃいことは気にするな。
別ち子、別ち子〜。

ということで、ここからお盆休みに何をしていたのかを書いていこうと思います。
(前置き長っ!!)
初日(8日土曜日)
お盆休み初日。
俺は朝から酒を飲み始めました。
休み初日の朝にまずやることが飲酒。
我ながら、非常に順調な滑り出しです。
昼ぐらいまで酒を飲み、そのまま昼ごはん。
普通ならここで昼寝でしょう。
しかし俺は違います。
猛暑の中、1時間ほどランニングに出かけました。
朝から酒を飲む意志の弱さ。
猛暑の中を1時間走る意志の強さ。
自分でも、どっちが本当の俺なのか分かりません。
健康になりたいのか、肝臓を壊したいのか。
アクセルとブレーキを同時に踏みながら人生を走っています。
ランニングを終え、お風呂に入り、身だしなみを整えました。
そして小さなバッグに、まだ読んでいないドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』を忍ばせ、久しぶりにパチンコ屋へ向かいました。
文学とギャンブル。
おそらくドストエフスキーも、自分の作品がパチンコ屋へ連れていかれるとは思っていなかったでしょう。
「読めよ」
バッグの中から、そんな声が聞こえた気がしました。
聞こえないふりをして入店。
一人でパチンコ屋へ行くのは、本当に久しぶりでした。
とりあえず店内をウロウロして、打つ台を探します。
するとパチスロの『北斗の拳』が空いていました。
俺はそこで、とんでもないことに気づきます。
北斗の拳には北斗4兄弟がいる。
そして今、俺のバッグには『カラマーゾフの兄弟』が入っている。
こちらも4兄弟。
4兄弟と4兄弟。
来た。
完全に来た。
今日の俺は勝てる。
何が「来た」のかは自分でも分かりません。
おそらく世界で初めて、
ドストエフスキーをオカルトアイテムとしてパチスロに持ち込んだ男
になったと思います。
意気揚々と打ち始めました。
しかし。
当たらない。
全然当たらない。
カラマーゾフ4兄弟、まったく仕事をしません。
25,000円ほど使ったところで、ようやく初当たり。
いわゆる天井と呼ばれる最深部まで、きっちり連れていかれました。
GO TO HEAVEN。
いや、お盆初日やぞ。
まだ昼過ぎやぞ。
早すぎるやろ。
大当たり中はラオウとケンシロウが戦い、ラオウの攻撃を避けたり、ケンシロウが反撃したりすると大当たりが継続するゲーム性のようです。
さあ、ここからです。
25,000円使ったんです。
少しくらい夢を見させてもらいましょう。
ラオウ登場。
ケンシロウ登場。
戦闘開始。
俺も固唾をのんで見守ります。
すると開始早々、
「北斗剛掌波~~!!」

え?
ちょっと待って。
まだ10秒ぐらいしか経ってない。
ラオウ、お前もうそれ出すん?
初対面でいきなり右ストレートみたいなことするやん。
もう少しあるやろ。
殴り合うとか。
様子を見るとか。
お互いの近況を聞くとか。
兄弟なんやから。
いきなり必殺技はあかん。
(いや、原先生。このラオウめちゃくちゃなんですけど……。開始10秒で北斗剛掌波はダメでしょう)
俺の願いもむなしく、剛掌波はケンシロウへ。
案の定、
ケンシロウ、胃液を吐いて倒れる。
弱っ。
世紀末救世主、弱っ。
25,000円使って出てきた救世主が、登場して10秒で胃液吐いてる。
そして終了。
出てきたメダルは100枚ほど。
約2,000円。
25,000円を入れて、2,000円が出てきました。
ATMなら故障です。
しかしパチンコ屋では正常です。
普通ならここで帰ります。
でも、人間という生き物は不思議なものです。
25,000円負けると、
「もうやめよう」
ではなく、
「ここから取り返せる」
と考え始めます。
この現象に名前をつけるなら、
ギャンブル脳の覚醒
です。
俺はさらに20,000円を追加投入。
カラマーゾフ兄弟も、バッグの中で完全に沈黙しています。
そして、再び大当たり。
今度こそ頼むぞ、ケンシロウ。
再びラオウとの戦いが始まりました。
今度のラオウは必殺技を出してきません。
普通のパンチです。
よし!
これは大丈夫。
剛掌波じゃない。
ただのパンチ。
さっき地獄を見た俺には分かる。
これは立つ。
ラオウのパンチがケンシロウにヒット。
ケンシロウ、倒れる。
大丈夫。
俺は確信していました。
立つ。
絶対立つ。
お前はケンシロウだ。
世紀末救世主だ。
さあ立て。
立て!
ケンシロォォォォ!!
……
また胃液を吐いて倒れました。
いや弱すぎるやろ。
さっきは北斗剛掌波やから分かる。
今回はただのパンチやぞ。
バットが戦っても一緒やん。
むしろバットのほうが根性あるんちゃうか。
ここでようやく悟りました。
今日は勝てない。
というより、
今日のケンシロウでは勝てない。
俺はその日、45,000円ほど負けて帰りました。
朝から酒を飲み、
猛暑の中を1時間走り、
風呂に入り、
身だしなみを整え、
ドストエフスキーをバッグに入れ、
パチンコ屋へ行き、
45,000円負ける。
改めて文字にすると、
何一つ行動がつながっていません。
これがお盆休み初日の俺です。
ドドスコスコスコ、
金注入!!
初日終了。
残りの休みを考えると、すでに嫌な予感しかしません。
続く!?
