「頑張っているのに報われない」|同級生が教えてくれた、努力の方向
頑張っているけど…報われない子
あなたが子どもの頃、クラスで忘れ物ばかりする子、
宿題を全然出さない子、すぐに癇癪を起こして喧嘩する子、
授業中立ち歩く子、極端に運動や勉強が苦手な子がいませんでしたか?
私のクラスにもいて、彼の席はいつも一番前、ノートも教科書も出さないで寝ているか、みんなが課題に取り組んでる時間も鉛筆の芯を噛んで虚ろに
一人時計を見つめていました。
先生が個別に課題をするよう促すと「わっかんねーーーーーーーーんだよぉおおお!!!!」と大声で机をひっくり返したことを鮮明に覚えていて、
子どもながらに「どうしたのかな?」と思った記憶があります。
やがて中学生になると彼は学校自体に来なくなってしまいました。
私の家は高台にあり四方を見渡せたので時折、池でブラックバスを釣っている彼の姿を見かけることはありましたが、言葉を交わすこともなく、彼の存在自体もいつしか記憶の片隅に追いやられていきました。
時は流れ、大学で子どもの発達心理に関わる資格取得の際、ふと彼のことを思い出しました。
彼は怠けていたのでも、ふざけていたのでもなく、学校生活の中で何らかの困難を抱えていたのではないか。
そのとき初めて、そう気づいたのです。
当時は時代的にも今よりも子どもの個別の発達状況に対して、そこまで関心を持たれる環境ではありませんでした。
本人の資質に関わらず「言われたことができない子は悪い子」
「努力の足りない子」というような空気感もありました。
彼は生まれ持った特性により、みんなの当たり前がとっても困難だったのでしょうね。
45分椅子に座り続けることも、板書することも、決められた時間内に算数プリントに取り組むことも。
彼は彼なりに一生懸命トライしていたんだと思います。
その証拠に彼は大好きな釣りに対して非常にストイックでした。
魚の生態はもちろん、竿やルアーについて徹底的に研究しており、夏休みの自由研究で彼がまとめた緻密なレポートを見て、こんなクレバーな面もあるのかと度肝を抜かされました。
先生やクラスメイトは、「そんなことよりもっと勉強頑張れよ」という態度でからかったり、呆れたりでしたが「私は全然ダメなことないじゃん」とちょっと感動したんですよね。
サボってるんじゃない。頑張ってる。
でもできない。怒られる。認めてもらえない。
そのような状態が続くとほとんどの人は次第に
「自分の努力が足りないのではないか」
「もっと我慢・努力しなければならないのではないか」
と自分自身を追い詰め、心身ともに疲弊して何もできなくなってしまいます。
彼もきっとそうだったのではないでしょうか。
頑張ることと、宿命を活かすことは、ちょっと違う
私たちには日本の風土に根付く「努力は美徳」という考えのもと、努力することはよいことだと教えられてきました。
確かに苦手なことを克服すること、周囲の期待に応えること、簡単に諦めずに続けること。それ自体は、決して悪いことではありません。
しかし算命学では、努力の量だけでなく、
「その人が、どの方向へ力を使っているのか」を見ていきます。
どれほど立派な努力であっても、その人が持っている気質や役割と大きく
ずれていれば、力を注ぐほど苦しくなってしまうことがあるからです。
先ほどの彼も、たまたま義務教育という環境の中では、本来持っていた力をうまく発揮できなかっただけなのかもしれません。
けれど、学校や机上の勉強という枠から離れ大人になった彼は、大好きだった釣りをさらに突き詰めていきました。
そして後に、スポンサーがつき、世界中の海や川を舞台に魚を追いかけている彼の姿を、ニュースで見かけたのです。
教室で一人、時計を見つめていたあの子が、自分の好きなことを見つけ、
自分らしく能力を発揮できる世界で努力している。
その姿を見たとき、私は胸が熱くなりました。
彼は「頑張れない子」だったのではありません。
彼の力が活きる場所が、ほかの子とは違っていただけ。
これは、彼だけに限った話ではありません。
一生懸命努力しているのに、なぜか思うような成果が出ないとき、私たちはつい「まだ頑張りが足りないのだ」と考えてしまいます。
しかしそのようなときに必要なのは、さらに自分を追い込むことではなく、「この頑張り方は、自分の性質に合っているだろうか」
「自分の力を発揮しにくい場所で、無理に認められようとしていないだろうか」と、努力の方向を見直してみることかもしれません。
算命学では、単に「何が得意なのか」だけを見るのではありません。
集団の中で力を発揮する人なのか。
一人で深く掘り下げることで、才能が育つ人なのか。
決められた枠の中で役割を果たす人なのか。
自分で追いかける対象を見つけたとき、真価を発揮する人なのか。
その人が持っている気質や能力だけでなく、どのような環境に身を置くことで、本来の力が自然に引き出されるのかまで考えていきます。
頑張らなくてよい、ということではありません。
自分をすり減らす方向ではなく、自分の力が育っていく方向へ頑張る。
それが、「宿命を活かして生きる」ということなのだと思います。
もし今、懸命に努力しているのに報われず、
「自分には何かが足りないのではないか」
と感じているなら、すぐに努力不足だと決めつけないでください。
あなたに何かが足りないのではなく、まだ自分の力が生きる場所や、自分に合った頑張り方に出会えていないだけかもしれません。
頑張ることそのものを諦めてしまう前に、自分の力が生きる方向を一緒に確認してみませんか。
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今回は、私の思い出を通して「努力」と
「自分の宿命を活かすこと」の違いについてお話ししました。
次回は、「宿命に合わない努力を続けているときに現れやすいサイン」について、もう少し具体的にお話ししたいと思います♪
お読みいただきありがとうございました!
