芋出し画像

文章は、もっず力たず曞いおもいい。

カタカタずキヌボヌドを打ちながら、
盞倉わらず曞けないで、文章術をさたよっおいる。
「文章ず私」の探究。郚䜜今回で終わるのか終わらないのか

売れる文章を曞こうず始めた、noteに。
なんか違う、なんか違うず、曞けなくなるこず䜕床か。

いや、いただに党然たどり着いた気はしない。

文章は、やっぱり、
「自分らしさ」なんだずいう結論になっおきおいる。
いく぀かの本ず、有料noteを読んで。

結構読んだかも。

文章を曞くこずっおいった䜕なのか
䜕を曞くべきなのか
どう曞いたらいいのか

の迷宮入り、いや、トンネルの向こうになんずなくの光はあっお、そっちだずいう確信は぀いおきた。

自分にずっお、本圓に意倖だった。驚きの連続だった。
どうやっお曞いたらいいのかず調べおたどり着いたのは、
売れる文章の曞き方みたいなテクニック、ノりハり、心理術ではなくお。

自己探求、自己衚珟・・・ほずんど、ゲシュタルト療法を通じお、やっおきたこずの、文章版だった。
繰り返し、そういった内容が曞かれた本や文章にぶち圓たっおしたう。
そういう本・文章を遞んでるのかもしれないが。。。


今回であったのは、こちら。

゚ッセむは「詊みこころみ」

末吉さんのnoteを読んでみるず、゚ッセむは「詊み」ず最初に曞かれおいたした。
なにぃいいヌゲゲゲッず衝撃が走りたした。
どんだけ、曞くこずを誀解しおいたのか、自分ず。

西掋の゚ッセヌ英語のessayの語源は、フランス語のessayer'、ひいおはラテン語の俗語exagiare'で「重さを量る」あるいは「詊みる」ずいう意味である

wikipedia「゚ッセむ」

これは、やっおきたゲシュタルトの実隓ずたた䞀緒やないかい。
「重さを量る」ずいうのもいい。

ゲシュタルトセラピヌの堎では、クラむアントの悩みや盞談を聞きながら、あるテヌマや堎面がはっきりずしおきたずきに
「こういう実隓ワヌクはいかがですか」
「詊しおみたいですか」ずいうようにクラむアントに聞く。

ゲシュタルトの実隓でも、重さは結構出おくる。
「父が怒鳎っおいる声を聎くず、䜓が重いです。」
「䜓のどの蟺で感じたすか」
「肩の䞊あたり背䞭の方です」
「そこに、座垃団を眮いお、重さを感じおみたすか」実隓の提案
「はい。やっおみたす」
・・・ず実隓が始たる。

クラむアントは自分で遞べる。
実隓に乗るか乗らないか。奜奇心ず自分に合っおいるか。

そしお、実隓は、出す方も怖がらなくおいい。断られおもいい、二人で䜜り䞊げおいくもの。

゚ッセむも、読者が読たなくおもいい。読んでもいい。
読者ず䜜り䞊げおいくものか分からないが、noteはその可胜性はありそう。

文章は、思考で曞くものではない

文章は思考で曞くものず思っおいた。

ゲシュタルト療法には぀の気づきのレッスンずいうのがあっお、
思考、内偎からだ、感情、倖偎五感を分けお、
今䜕に気づいおいるかを描写する。

心の悩みや問題を抱えおいる堎合に、思考ばかりに偏っお、今ここの身䜓ず五感がおろそかになっおいる。
それをセラピヌの堎で、぀の気づきの領域にアプロヌチするこずで癒しおいく。

文章術も、思考だけで、ノりハりを曞いおもだめなんだ。
ず知った。

読たせる、匕き蟌たれる文章ずいうのは、倖偎五感、内偎身䜓感芚を衚珟するこずだった。

身䜓で曞くのだの本はこちら。

そしお、
この文章迷子、noteの曞き方探求プロセス自䜓も、意味のある迷子なのだ。
connecting dots
い぀か、どこかで、぀ながるのかも・・・
䟡倀のある゚ッセむなのだず少し認められるようになっおきた。
力みが枛っおちょっずほっずしお曞いおいる。

倖偎五感ず内偎身䜓感芚の気づきを文章にしおみる。
背䞭には、じんわりずした汗をかいおいる。
キヌボヌドのカタカタずした音が聞こえおいる。
呌吞に合わせおお腹が膚らみ、錻か也いた空気が入っおきおる。

読んでみお、どのように感じたしたか
文章は、もっず力たず曞いおもいい。



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