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サッカーのワールドカップ真っ最中だ。
本田圭佑氏の解説は誠に面白い。
そんな本田氏の名言が、時々SNSに上がってくる。

「量をやっていない奴に質を語る権利はない」

なるほど確かにそうだ。
と思う反面、
「量をやる機会を奪われた者はどうすればいいのだろう」
と思うことがある。

私は、確かに社会福祉士としてはそれなりに十分な量を
こなしたと思う。
質を語っても良かろう。
けど、社会保険労務士としては、ゴミのような環境で、
心身を破壊されつつ、量をこなす機会を奪われたと言ってよい。

そんな人は私ばかりではないだろう。
いや、私以上に大変な思いをしている人はいるはずだ。

量が積めるというのは、
そもそも量がつめる環境に恵まれていたり、
量が積めるだけの心身の健康があるからこそだ。

では、私を含めそういう人は質を語ってはいけないか?
決してそうではなかろう。

積めなかったからこその経験というのもあるはずだ。
積めた人は連続的な知を持っているだろう。
積めなかった場合は断絶された知を持っている。

なぜダメだったのか、
自分のコントロール下にあった原因か、
そうではなく、人や環境に恵まれなかったのが原因か、
それらは順風満帆に歩んできた人には無い、知となる。

私は、一度ならず壊れたことによって、
広い視野を得ることができた。

薄利多売、レッドオーシャンの地平から抜け出し、
自分だけの付加価値を得て、実践し、
企業の立て直しに貢献できたことが大きな力となった。

なぜ、そのようなことができたのか?
それは、そこまでに積み上げてきた知の集合体が、
断絶した知に新たな閃きを与えてくれたからだ。

私は、歴史が大好きだ。
だから、環境要因により阻害された環境に対して、
どうアプローチすべきかを徹底的に考察した。

結果役に立ったのは、古今東西の兵法の教えだ。
特に、孫子、呉子、戦争論、君主論などは、
私の思想に多大な影響を与えた。

孫子は、企業におけるマネジメントと企業戦略全般、
呉子は、
企業における心理的安全と個人のエンゲージメント、
クラウゼヴィッツの戦争論は、
市場における企業の身の振り方と
市場の地政学上の見取り図の読み取り方を、
マキャベリの君主論は、
冷徹かつ合理的なリーダーとしてのあり方を、
それぞれ教えてくれた。

私の好奇心と執念が実らせた、
小さな革命であるとも思っている。
つまり、量をこなせなかった者の生存戦略である。

それらを自分なりに組み立てて、実践した結果、
企業の崩壊を食い止めることができたのは大きな収穫。

決して、反復作業の積み重ねだけでは不可能な領域だ。

失われたものに固執せず、既知の自分だけの価値観に、
社会のニーズを合わせていくのだ。
逆ではいけない、
あくまで自分の立場は崩してはいけない。
自分の立場から社会的ニーズを俯瞰し凝視するのだ。

人の真似をして儲けるのは楽であろうが、
そこは基本的にレッドオーシャンとなる。
私は、
別の地平からブルーオーシャンを生み出していくのだ。


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ご清読ありがとうございました。

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