〚お客をえらぶギター奏者の物語(仮題)〛通し番号283. 《波風》(11)
契約書署名の期限は いよいよ迫り、県庁は 重苦しい空気に包まれた。
その日、町民の代表 有志のみならず 県全体から 『子どもの苑』の窮地を聞き知った人々が 庁舎に押し寄せ、
「N課長に 説明を求めて来ています。会議室を開放しますので、彼らに応対なさってください」
「僕は 知らない。おまえが テキトーに説明して追い返せ」
課長は、課長補佐に 押し付けようとする。
「私が説明することはできません。皆が納得しません。どうぞご自身で」
一番広い会議室が 確保され、机は 畳んで隅へ寄せ、ありったけの椅子が並べられ お年寄りや身体の不自由な人を 優先して座らせる。妊婦さんも 何人かいる。
座りきれない人々は 壁沿いにぐるりと立ち、N課長の入室を待ち構える。
音楽堂の支配人や ギター道場の師匠等は
「『敵』だと見なされており、N課長の態度を硬化させるといけない」ため、大事を取って不参加。
代わりに駆け付けた カフェランコントレのマダムや 八百善の元店主の姿も見える。
その時、『子どもの苑』の 小川美子苑長に支えられて、ひとりの上品な老人が 杖を突きながら 後ろのドアより入って来た。
「あ、理事長! ようこそ お越しくださいました」
「今、応接の椅子を お持ち致します!」
「あぁ、よい、ここで」
『子どもの苑』の理事長は 最後列のパイプ椅子に「よいしょ」優雅に気合を入れ、腰を下ろす。
「…大殿が…」人々の間に ざわめきが起こる。
「何と?おほとのが…もったいない」
「お出ましくださった…」
「あぁ ありがたや、かたじけなや」
皆が 最後列に向かい、最敬礼を送る。年寄りの中には 拝む者も居る。
理事長は 片手を挙げ「かまわずかまわず。皆 存分にやってくれい」声は小さく穏やかだが 部屋中に良く通った。
その声は 頭に血がのぼっていた者達の頭を ほどよく冷ますと共に、
(おほとのが 見守っていてくださる) 皆に、勇気百人力を与えた。
(この物語は おとぎ話です。登場する人びと、場所、出来ごと等 全て 架空の存在であり、モデルはありません。こんな人びとがいたら良いな、と願って書いているところはあります。)
