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【Essay】あなたと結婚できて本当に幸せです

 

 ふと何気ない瞬間に思うことがある。

​ あの日あの時鳴った電話に僕が出なかったら、恐らく今の幸せはきっとなかったんだろうなって…

​ 新入社員だった頃、僕は電話対応を任されていた。電話が鳴ればワンコールで出なさいと教えられ、ジッと受話器の前でにらめっこするのが仕事だった。

 今か今かと電話が来るのを待ち構え、プルルのプが鳴った瞬間に鮭を捕る熊よりも速いスピードで受話器を取ってやるという燃え上がった気迫を持った…フリをしていた。

 実際は受話器を取りたくなかった…だって、電話に出たら怒られるから…僕はメモを取るのが苦手だったし、電話相手が言っていた内容を上司に上手く伝えられなくて、結果怒られてばかりだった。

 だから、電話が鳴る度にくしゃみが出そうなフリをしたり、わざとペンを落としたりしてなんとか時間を稼ぎ、別の新入社員(同期)に電話を取るという大切な仕事を譲ってあげたりした。

 

 そんなある日の仕事中、1本の電話が鳴った。僕はいつも通り何も書くことがないのに必死にメモ帳に意味不明な計算式を書いて、今僕は忙しいんだとアピールをした。

 いつもなら他の新入社員が受話器を取るのだけど、今日は違った。誰も取らない…

 恐る恐る周りを見てみると、他の新入社員は皆それぞれの仕事に追われていた。

 暇そうなのは僕と営業部長だけ…

 「営業部長に電話を取らせるな!」と先輩達が僕に目で合図を送る。僕は緊張でキンキンに冷えた手で受話器を取る。

「…は、は、はい!
ままままま誠に誠に
おおおおおお電話ありがとうございます!!
ここここちら○○(会社名)です!!」


「あ、えと…
私、今日面接を予定していた加藤(仮名)ですけど!
申し訳ございません!今道に迷ってしまって!!」

「へ…?」


 初めてのパターンの電話対応だった。このパターンは会社から渡された分厚い電話マニュアルには、どこにも載っていない。いや、僕が見逃しただけで、もしかすると1億8千ページ目辺りに載っていたのかもしれない。

 受話器越しに聞こえる声は焦っていて、すごく困っているんだと言うのがしっかりと伝わった。マニュアルには載ってなくてもこれなら僕でも対応できる…はずだ!

「今どこにいるんですか?」

「えーと、どこと言われても…
目印になりそうなものは…
あ!
なんか老舗で美味しそうな蕎麦屋さんの近くです!!
それに可愛い犬の置物を玄関に飾っている家もあります!!」

 老舗で美味しそうな蕎麦屋さんならここら辺いっぱいあるし、可愛い犬の置物が玄関に飾っている家って…どこだそこ?…わからないぞ。

「とりあえず○○駅で待っててください!」

 結局、僕は上司の顔色を伺いながら事情を伝えて「…ちょっと迎えに行ってきます」と席を立った。

 会社までの道のりなんて、そんなに難しくないのに迷うなんて、どんな人なんだろうか…?僕は頭の中で、これから仕事仲間になるかもしれない相手を想像しながら、駅へと向かった。

 そして、駅の指定場所で、所在なさげに立っていた彼女を初めて見たとき、僕の心はパチーーーンッとプロレスラーにエルボーを受けたような衝撃が走った。

 雪のように真っ白な肌。小さな顔に大きな瞳。見てるだけで癒される笑顔。そして、何よりも姿勢が真っ直ぐで立ち姿が美しかった。

 この感覚を僕は知っている。

 これは恋だ。一目惚れだ。彼女にゾッコンだ。

 一瞬で僕の心は彼女に落ちた。それが全ての始まりだった。



​ それから、彼女が無事入社し、社内で顔を合わせるたびに「あの時は、ありがとうございました」と笑い合う。僕は「当然のことをしたまでです」と本当に新入社員として当然のことをしたまでだけど、彼女の前ではめちゃくちゃかっこつけてばかりいた。

 そんな他愛もない時間が積み重なり、彼女のことで頭がいっぱいで、夢にまで出てくる始末だったので、僕は思いきって彼女を食事に誘い、愛の告白をした。

 返事は「はい」だった。彼女も僕のことを初めて出会ったあの時から、好きでいてくれたみたいだった。この顔で産んでくれた両親に心から感謝である。

 その日の夜、僕たちは新宿のレストランから甲州街道沿いを行く当てもなく缶ビール片手に朝まで歩き続けた。あの時、どんな会話をしたのか覚えてはいない。でも、すごく楽しかったのは覚えている。


 それから僕たちは所謂、社内恋愛というやつだったから、周りにバレないように必死で付き合っていることを隠した。



 そんな中、僕は全社員の前でプレゼンをしなくてはいけない時があった。上司や他部署の社員、役員が揃う。当然、聞き手側には彼女もいた。

 僕は、自分の声が嫌いだった。緊張すると喉が引きつり、生まれたての小鹿のように声が情けないほど震え出す。

 僕はこのプレゼンの場で、泣きそうな顔で声を震わせ、みっともなく発表し続けた。どこからかクスクスと笑う声が聞こえた。恥ずかしくて恥ずかしくて消えてなくなりたかった…

 ふと、会場の隅にいる彼女と目が合った。完全に男のくせに、ダサい奴だと思われたに違いない…

 絶望する僕に、その日の夜、彼女はあっけらかんと言った。

「今日のプレゼンかっこよかったよ!
一生懸命なのがすごく伝わってきた!!
いつも本当に頑張ってるんだなって思う!」

 こんなこと言われたのは初めてだった。学生時代も音読する度にみんなにバカにされてきた。それなのに、彼女は声が震える僕の情けないプレゼンを一生懸命だと褒めてくれた。

 それ以来、不思議と僕の喉が震えることはなくなった気がする。


 そして、僕は彼女と絶対に結婚してやるんだという想いが強くなった。

​ でも、結婚するためには絶対に打ち明けなければいけないことがある。

 それは父のことだ…
(※詳しくは【父のこと】というモンキーパンツのマガジンをご覧ください)

 これまで付き合ってきた女性たちは、この事実を口にした途端、一様に顔を曇らせた。腫れ物に触るような憐れみか、あるいは問題のある家庭への忌避感か。そうして少しずつ距離を置かれ、フラれてばかりの人生だった。

 だから、彼女に話す時も、これで終わりだと覚悟していた。

「実は僕の父は…」

 重苦しい沈黙が来る。そう身構えた僕の前で、彼女は突然、僕よりもずっと細い腕で、シュッシュッとカーテンを殴り始めたのだ。

「何、してんの…?」

「安心して!
○○(僕の名前)をイジめる奴がいたら、私がぶっ飛ばしてあげるから!」

 真剣な顔でシャドーボクシングを続ける彼女を見て、僕は思っていたリアクションと正反対だったからか、緊張の糸が途切れて「あははっ」と心の底から笑みが溢れた。


 男は女性を守るもの。弱いところを見せてはいけない。男は一人で戦う生き物。そんな僕の浅はかな考えを、彼女のスカスカなジャブが木端微塵に砕いてくれた。



 それから、プロポーズに成功して僕達は5年前に結婚した。

​ 彼女は約束通り、明るさと強さで支えてくれ、僕とこれまでの波乱(転職、コロナ禍、転勤など)を一緒に乗り越えてくることができた。

​ そして今、僕たちの家には可愛くて可愛くて堪らない息子とともに穏やかな時間が流れている。






 そんな僕達の元に今年の7月、第2子(男の子)が産まれる予定だ。


 彼女は再び、自分の命を懸けて、新しい命を産もうとしてくれている。

​ かつて迷子だった彼女を駅まで迎えに行ったあの日、本当の意味で救われたのは僕の方だった。

 今度は、僕の番だ。

 僕の120%の力で彼女が安心して産めるように全力で支えていく。



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