音楽: Brasil #8a | Djavan - Açaí
このミュージシャンとの遭遇から現在までを どうつらつら書き綴ろうとしたところで 私の中の感情は埋められず 言葉には余りあり 筆は動かなくなるでしょう。
私にとってそれほどの重力を発するのは Djavan という巨大恒星。
”音楽” の投稿で 今後 彼の様々な楽曲を紹介していくことになるでしょうから 慎重な選択の末 初回は この『Açaí』 にお出まし頂きました。
熱に浮かされ 冗長に語り過ぎないよう そろそろと 彼の周回軌道を公転していこうと思います。

* * * * *
何処かで読んだ記事によると Djavan の楽曲のひとつの特徴は 歌詞のリリカルさで『Açaí』はその典型なんだそうです。
曰く 歌詞に登場する単語達はそれまでのBrasilのポピュラー曲ではお目にかかることがなかったとか。確かに簡潔な体言止めの多用は幻想的な気分を引き寄せる感じがしますね。
*歌詞とその背景の解説は(私の手によるものではないですが)文末の <補足> をご覧ください。
<Lyrics by Genius + Gemini翻訳>
[Verso 1]
Solidão
De manhã
Poeira tomando assento
Rajada de vento
Som de assombração
Coração sangrando toda palavra sã
朝の孤独
埃が静かに積もり
突風が吹き
幽霊めいた音がする
心は健全な言葉を吐くたびに血を流す
[Verso 2]
A paixão
Puro afã
Místico clã de sereia
Castelo de areia
Ira de tubarão
Ilusão
O sol brilha por si
情熱
純粋な熱意
人魚の神秘的な一族
砂の城
サメの怒り
幻想
太陽は自らの力で輝く
[Refrão]
Açaí
Guardiã
Zum de besouro
Um ímã
Branca é a tez da manhã
アサイー
守護者
カブトムシの羽音
磁石
夜明けの白い顔
とはいっても 歌詞で例示されるビジュアルなイメージは私にとっては後付けの知識でして
この曲の素朴なメロディと ポルトガル語の持つ異郷の響きが 緑に包まれた南米の異世界に Djavan遭遇から日の浅い私を誘ってくれました。

* * * * *
月日は過ぎ 押しも押されぬ重鎮となった Djavan も 信じられないことに 今や 七十代中盤。
私には1980年代終りの音楽のまま眼の前にあり続けてきた存在なのですが InternetやYouTubeで手軽に地球の裏側の動画が無償で共有される時代になり 今やふっくらとした彼の姿から 文明の発展が 時間経過を実感させる効果を伴うとは思い至らなかったことに気付きました。
しかし 現在も声質を維持し 健やかに歌う姿を 最近収録された動画から観ることができ 安堵しています。
そんな背景もあるのでしょうか
先日、南米(Brasil?)のミュージシャンが集って Djavan の名曲をカバーするアルバム >> Canto Djavan << が製作されたようで それぞれの曲のメイキング的なClipがYouTubeにありました。
私のNote初回投稿に引用させてもらった ÀVUÀ のVocal Jota.pê 氏もこの『Açaí』担当として登場し 低音の魅力が冴える曲になってます。:
Djavan の歌唱は -- 強/弱 のスイッチがあるとすれば 強 の方で -- 淡々と押し通す印象がありますけど (それはそれで Djavan らしさ)、 Jota.pê 氏のそれは 涼しく冷えて スベスベと落ち着いた声に 強弱がついて心地よくスムース。
こんなアフロっぽいコーラス付きのモダンなアレンジも 新たな解釈で いいですね。

Djavanの色褪せない名曲たちは このように 今の世代 そしてその次の世代にも ずっと歌い継がれて欲しいと感じます。
そして勿論 ご当人にも もっと輝き続けてもらえれば。
晩年期に他のミュージシャンとのコラボレーションやメディアへの露出を大いに増やした Miles Davis、とまでいかなくて良いので、活き活きと元気そうな様子を これからも。
* * * * *
そして
曲の美しさが強調される オリジナル/Djavan の Unplugged版 『Açaí』をこの ”Djavan登場” 初投稿の締めくくりにしようと思います。:
収録の1999年は 既に大スターの地位を確立した頃でしょうか。伴奏のギターはDjavanの息子さんが演奏しているそうですね。
個人的備忘ですが 2007年頃の中南米出張の際 このLive版CDをBrasil / São Pauloで購入したのは 懐かしく 重要な記憶です。

<補足 1>
GoogleさんとこのAI執事氏がね
こんなこと言うんです。:
===============================================
『このポルトガル語の歌詞は、直訳だけでなく、それぞれの言葉が持つ詩的なニュアンスを含めて解釈することが重要です。
Solidão: 孤独
De manhã: 朝に
Poeira tomando assento: 埃が座っていく(埃が降り積もっていく、静まっていく様子)
Rajada de vento: 突風、一陣の風
Som de assombração: 幽霊の音(心霊現象のような不気味な音)
Coração sangrando toda palavra sã: 全ての健全な言葉から血を流す心
Zum de besouro:カブトムシの羽音は、ブラジルでは夏の日常的な風景であり、命の力強さや自然の音を象徴しています。
Um ímã:磁石は、カエターノの音楽が人々を引きつける力を表現していると解釈できます。
Branca é a tez da manhã:夜明けの白い顔は、夜が明ける瞬間の清らかさや希望、新しい始まりを詩的に描いています。
この3つのフレーズは、ブラジルのMPB(大衆音楽)の代表的なアーティスト、カエターノ・ヴェローゾの楽曲「O Canto do Povo de Algum Lugar(ある場所の民衆の歌)」の歌詞の一部です。
これらの単語やフレーズは、それぞれの音やイメージを詩的に表現しており、直訳だけでは伝わりにくいニュアンスが含まれています。』
===============================================
。。。。。。。。。。。。
”アッチョンブリケ”

なんたって ポルトガル語を普段遣いする土俵はありませんし 言葉の予備知識自体 圧・倒・的に不足してますんで かように執事氏に畳み掛けられても 私のような人類には ぐう の音も出ません。。。。。
よおしっ、サメの怒りならぬ カエルの怒りで もっと勉強して生意気な執事の鼻を明かしてやるぅっ(=『Açaí 』の歌詞と遜色ない 幻想的な未来予想。。。)
ちなみに
上で 執事氏が偉そうに引用した曲は これでした。:
『O Canto do Povo de Algum Lugar』
世に連れ 姿を変え 受け継がれる MPBの歴史を感じさせられます。
<補足 2>
MPBの大御所の足跡を したり顔で部分的に紐解くよりは Wikipediaで辿っていただく方がつつがなし、というわけでこちらを:
