そういう事柄のせいにするのは欲望として二流じゃない?
ロマンチックであることを、甘やかさないようにしている。
欲望ってなんだろう。
美しいものに惹かれる。
危ういものを放っておけない。
壊れそうなものに、つい心がざわめく。
でも、それを“愛”とか“救済”とかいう言葉で、
飾るのは、センスが悪すぎてダサいと思ってる。
歌にせよ、会話にせよ。
そういう言葉は、ただの便利な玩具になる。
俺はそんな言葉使用しないし信用しないから、
話を聞いててもよく分からなくて
ぼーっとしてるふりをする。
便利だと、人は雑になる。
雑さは、卑屈さを呼び込む。
俺は相当ロマンチックに思考するほうだけど
だからこそ、
ロマンチックであるなら、なおさら冷静でいたい。
Prefab SproutやRaymond ChandlerとかJim Jarmuschから学んだことは
触れない強さ。
言わない品。
助けない責任。
そーゆー儚さ。
欲望を否定しないからこそ、
誰かや何かのせいにしない。
運命とか。優しさ。或いは夜。
そういう事柄のせいにするのは欲望として二流じゃない?
ロマンチックである事。
それは多分、
欲望に対するノーブレス・オブリージュなんだと思う。
じゃあ、ロマンチックって何だろう。
それはまた、別のお話。
