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【名言考】No.153:一度あきらめたらそれが習慣になる~チェ・ゲバラが守り抜いた美学

名言考とは

名言考は、偉人達の名言を一つずつ味わい、その人物、名言の背景、そのメッセージの核心を掘り下げていく大人の学びなおしコンテンツです。
著者の個人的な見解を交えて名言をジャンプさせた私の迷言もご覧ください。


本日の名言

あきらめるな。
一度あきらめたら、それが習慣になる。

"Do not give up. Once you give up, it becomes a habit."

この名言は、20世紀を代表する革命家、「チェ・ゲバラ(エル・ネ・チェ )」のものです。

チェ・ゲバラのプロフィール

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%BB%E3%82%B2%E3%83%90%E3%83%A9

チェ・ゲバラは、1928年にアルゼンチンで生まれ、1967年に39歳の若さでボリビアで処刑されるまで、情熱と信念に生きた革命家です。

【情熱と放浪の青年期】

ゲバラの人生における転換点、それは23歳の時に行った南米大陸縦断旅行でした。

1952年「モーターサイクル・ダイアリーズ」
愛車ノートン500ccに跨り、8,000キロを超える道程へ。
途中でバイクは故障し、徒歩やヒッチハイク、筏での移動を余儀なくされました。
彼はこの極限状態を通じて、肉体の限界を精神で超える術を自らに課していきました。

そして、彼がこの旅で目にしたのは、搾取される労働者や病に喘ぐ先住民の姿でした。
この南米旅行を通して、彼は社会自体がひどく病んでいることを知ることになります。

【キューバ革命での闘い】

社会の病を確信したゲバラは、1955年、運命の男「フィデル・カストロ」と出会います。
この出会いから、彼の革命家としての人生が本格的に幕を開けました。
※フィデル・カストロ
キューバの革命家・政治家。1959年のキューバ革命を主導して親米政権を倒し、社会主義国家を樹立。半世紀にわたり最高指導者として君臨しました。

  • 絶望的でもあきらめない
    1956年、82名の戦士と共に老朽化したヨット「グランマ号」でキューバに上陸。
    しかし、待ち伏せていた政府軍の猛攻を受け、生き残ったのはゲバラを含むわずか12名。
    装備も仲間も失った絶望的な状況下で、彼は「あきらめる」という選択肢を完全に排除し、山岳地帯でゲリラ戦を開始します。

  • 伝説のサンタ・クララの戦い
    1958年末、革命の勝敗を決するサンタ・クララの戦いにおいて、ゲバラ率いる部隊は圧倒的な兵力差を跳ね返し、政府軍を陥落させました。
    泥にまみれて最前線に立ち続けた彼の姿は、「あきらめない勇気」そのものでした。

【栄光を捨てボリビアへ】

キューバ革命を成就させ、国の要職に就きながらも、彼は権力の座に安住することなく、アフリカ、そしてボリビアの戦地へと向かいました。
ボリビアへ向かう際、彼は子供たちへ宛てた手紙を残しています。

「何よりも、世界のどこかで行われているあらゆる不当な出来事に対して、心の底から怒りを感じることができるようになりなさい。これこそが、人間として最も美しい資質なのだから」

自らの死を予感しながらも、彼は子供たちに「あきらめず、誇り高く生きること」を託したのでしょう。

この名言が導くもの

ゲバラの言葉は、次の学びを与えてくれます。

  • あきらめ癖をつけない
    まずは「あきらめない」という強いセルフイメージをつくる。

  • 心の筋肉を鍛える
    試練を受け止め、意識して踏ん張る経験を積み重ねる。

  • 永遠の旅人であること
    常に「次へ」の理想を持ち、歩き続けることに誇りを持つ。

私の迷言

ここで、ゲバラからの学びを、私なりにジャンプさせてみようと思います。

あきらめをあきらめた日が、
進むべき道を見つける日となる。

あえて逃げ場を無くすことで、視界を遮っていた霧が晴れ、進むべき一本の道が浮かび上がってくる瞬間があると思います。
人生のすべてをこうしたら疲れてしまいますが、ここぞと言う時はやってみる価値があるように思います。
もしかしたら、今日がその日かもしれません。

本日も素敵な時間をお過ごしください。
最後までお付き合いいただき、誠にありがとうございました。

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※ご注意
こちらは、Wikipediaなどのインターネット情報と著者の個人的解釈を組み合わせたコンテンツです。

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