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『勇者の葬式だけを請け負う男』〜英雄が死んだ日、本当の物語が始まる〜

〜英雄が死んだ日、本当の物語が始まる〜


プロローグ

勇者は、魔王を倒した翌朝に死んだ

王都中の鐘が鳴っていた。

魔王討伐を祝う鐘だ。

白い鳩が青空へ舞い上がり、色鮮やかな花びらが石畳を埋め尽くす。

「勇者さまが帰ってくるぞ!」

「アルト様が魔王を倒したんだ!」

「今日はお菓子が食べ放題だ!」

子どもたちは木剣を振り回し、商人は酒樽を並べ、楽団は陽気な音楽を奏でていた。

誰もが笑っていた。

今日という日は、この国で一番幸せな日になる。

誰も疑っていなかった。

やがて城門の向こうから、一台の馬車が現れる。

歓声が爆発した。

「勇者様だ!」

「英雄万歳!」

だが。

馬車が広場の中央で止まった瞬間、歓声は消えた。

降ろされたのは、一人の青年ではなかった。

銀色の棺だった。

王家の紋章。

一本の白百合。

そして、沈黙。

宰相が民衆の前へ進み出た。

「勇者アルト・フェルナは、魔王との戦いで受けた呪いにより、その尊い命を落とされた」

一瞬遅れて、泣き声が広がった。

「ねぇ、お母さん……」

幼い少年が母親の袖を引く。

「勇者さま、勝ったんだよね?」

母親は答えられなかった。

そのときだった。

人混みを割って、一人の男が歩いてきた。

黒い外套。

黒い革手袋。

腰にあるのは剣ではなく、細長い銀の針。

「……葬儀屋だ」

誰かが呟いた。

「勇者専門の」

男は棺の前で帽子を脱いだ。

長い黒髪の隙間からのぞく左目は、白く濁っている。

リムル・フォール。

世界でも珍しい、

勇者の葬式だけを請け負う男。

「派手な歓迎だな」

肩へ飛び乗った黒猫が欠伸をした。

「鐘がうるさい。死人も寝不足になるぞ」

「文句なら国王に言え」

「猫は王様に嫌われるから遠慮する」

「お前は誰にでも嫌われてる」

「魚屋の親父には好かれている」

「盗み食い仲間だろ」

「友情だ」

「犯罪だ」

黒猫クロは不満そうに尻尾を振った。

リムルは一瞬だけ笑い、すぐ棺へ視線を戻した。

棺の縁に手を置く。

冷たい。

異常なほどに。

そして、小さく呟いた。

「……嘘だな」

「何が?」

「この勇者は」

リムルの表情から笑みが消えた。

「魔王に殺されていない」

その瞬間。

コン。

棺の内側から音がした。

リムルの右手が止まる。

コン。

そしてもう一度。

コン。

三回。

周囲の兵士は気づいていない。

だが、リムルには聞こえた。

まるで死者が、棺の中から訴えているように。

まだ、終わっていない。

リムルは白く濁った左目を細めた。

英雄の葬式。

そのはずだった。

だが、この棺には。

国一つを葬りかねない秘密が眠っている。


第一章

棺を開けるな。その命令だけで、死因は分かった

王宮の応接室は、豪華なくせに息苦しかった。

リムルは出された紅茶を一口飲む。

「薄い」

宰相の眉が動いた。

「お気に召しませんか」

「違う。毒が入ってない」

空気が凍った。

クロが机の下で肩を震わせる。

「……冗談ですよね?」

「半分」

「半分?」

「紅茶は本当に薄い」

クロが吹き出した。

宰相は咳払いした。

「勇者アルト・フェルナの国葬を執り行っていただきたい」

「断る理由はない」

「ただし、条件があります」

羊皮紙が差し出された。

「第一に、棺を開けてはならない」

「ふむ」

「第二に、遺体へ触れてはならない」

「なるほど」

「第三に、死因を調べてはならない」

リムルが顔を上げる。

「第四に、国葬終了後、ただちに火葬してください」

沈黙。

「質問が一つ」

「何でしょう」

「俺を雇う意味があるのか?」

「……」

「葬儀屋に『遺体を見るな』っていうのは、料理人に『味見するな』と言ってるようなものだ」

クロが口を挟む。

「魚屋に『魚を見るな』でもいい」

「それはお前限定だ」

宰相の声が冷たくなった。

「余計な詮索は不要です」

「分かった。見ない」

あまりにも簡単に答えたため、宰相は安心したようだった。

だが、クロだけは知っている。

リムル・フォールという男は、

「見ない」と言ったときほど信用できない。


死人は、嘘をつかない

深夜。

王宮地下の霊安室。

「警備が多いな」

「棺を守ってるんじゃない」

リムルは鍵を取り出した。

「秘密を守ってる」

「なるほど」

「だから開ける」

「やっぱり」

カチリ。

封印が外れる。

銀色の棺の中に、アルトは眠っていた。

若い。

あまりにも若い。

十八歳。

世界を救った英雄というより、まだ少年だった。

リムルの視線が胸元で止まる。

小さな刺し傷。

その周囲だけが黒紫色に変色している。

「……王蛇の雫」

クロの耳が伏せられた。

「人間しか使わない毒だな」

「ああ」

つまり。

勇者アルトは、

王都へ帰ってから殺された。

右手には銀のペンダントが握られていた。

中にいるのは、一人の少女。

妹だろう。

リムルは革手袋へ手をかけた。

「やめるなら今だぞ」

クロの声が低くなる。

リムルには、死者が最後に見た記憶を読み取る力があった。

《最後の記憶》。

ただし、便利な能力ではない。

死者の恐怖。

苦痛。

絶望。

そのすべてが、自分の身体へ流れ込んでくる。

使うほど代償を払う。

左目を失ったのも、そのためだった。

それでも。

「約束は守る」

「誰との?」

「死人との」

素手でペンダントに触れた。

世界が白く砕けた。

次に見えたのは魔王城。

剣を持つアルト。

その正面には魔王。

しかし。

二人は戦っていなかった。

握手していた。

そして記憶の最後。

アルトの胸へ刃を突き立てたのは、魔族ではない。

王家の紋章をつけた近衛兵だった。


第二章

英雄の最後の言葉は、世界ではなく妹に向けられていた

魔王城。

アルトと魔王の間には、一枚の和平文書が置かれていた。

「これで終わるんですね」

アルトの声に勇者らしい威厳はなかった。

長い旅を終えて家へ帰る、十八歳の青年の声だった。

魔王は疲れた顔で答えた。

「終わらせられるかどうかは、人間次第だ」

「どういう意味です」

「最初に国境を越えたのは人間の軍だ」

アルトの表情が凍る。

王は土地と鉱山を欲した。

だが侵略では民衆を動かせない。

だから魔族を、

「世界を滅ぼす敵」

に仕立てた。

「証拠は?」

魔王は青い魔法石を置いた。

王の命令書。

軍の記録。

将軍たちの証言。

アルトは魔法石を握り締めた。

そのとき頭に浮かんだのは、世界でも名誉でもない。

妹のミアだった。

幼いころ、彼女とした約束。

「魔物が来ても、僕が守る」

「魔物が来なかったら?」

「え?」

「お兄ちゃん、何してくれるの?」

アルトは考えた。

「毎朝パンを焼く」

「お兄ちゃん、パン焦がすよ」

「……毎朝パン屋で買う」

「それならできそう」

ミアは笑った。

あの笑顔を見るために、剣を取った。

「王都へ戻ります」

アルトは言った。

「全部、公表します」

魔王が目を細める。

「殺されるぞ」

「妹と約束したんです」

「世界を救うと?」

「いいえ」

アルトは笑った。

「帰ると」


王は、誰よりも優しく笑った

王都へ帰還したアルトを、セドリック王は笑顔で迎えた。

「よく戻った、我が勇者よ」

「陛下。お話があります」

「その前に祝杯を」

アルトは杯を受け取った。

「魔王は討ち取ったのだろう?」

「いいえ」

部屋の空気が変わる。

「和平を結びました」

アルトは続けた。

「明日、国民へすべてを話します」

王の笑顔が消えた。

その直後。

アルトの指先が痺れた。

杯に毒が塗られていた。

「なぜ……」

アルトが膝をつく。

王は静かに答えた。

「勇者が魔王と和平を結んではならない」

「そんな理由で……何人死んだと思っている」

「数えていない」

背後から近衛兵が近づいた。

毒刃が胸へ突き刺さる。

アルトの身体が崩れた。

最後に浮かんだのは、やはりミアだった。

明日の朝。

パンを二つ買って帰るはずだった。

一つはミア。

一つは自分。

「ミアに……」

血が喉へ込み上げる。

「帰れなくて……ごめん、と……」

世界が閉じた。


死者の痛みを背負う男

「リムル!」

リムルは霊安室の床へ倒れ込んだ。

胸に傷はない。

それでも毒刃で刺された痛みが残っている。

クロが頬を叩いた。

「死ぬなら店へ帰ってからにしろ。床が冷たい」

「心配の仕方がおかしい」

「お前が死んだら誰が魚を買う」

「そっちかよ」

リムルは棺を見る。

英雄。

救世主。

千年に一人の勇者。

だがアルトが最後に望んだのは、そんな称号ではない。

妹のいる家へ帰ること。

それだけだった。

「死人は、ずるいな」

「何が?」

「言いたいことだけ残して、続きを生きてる人間へ押しつける」

クロは棺を見た。

「だから、お前の仕事があるんだろ」

返す言葉がなかった。

そのとき、扉が開いた。

雨に濡れた少女が立っていた。

杖をつき、左足をかばいながら歩いてくる。

棺の中を見た瞬間。

少女の足が止まった。

「……お兄ちゃん」

ミア・フェルナだった。


妹が持ってきた、死者からの依頼

ミアは兄の頬へ触れた。

「冷たい……」

「王国は、兄が魔王の呪いで死んだと言っています」

そしてリムルを見る。

「本当ですか?」

リムルは迷った。

嘘なら簡単だ。

兄は世界を救って死んだ。

そう言えばいい。

だが、葬儀屋の仕事は死者を美化することではない。

死者が残したものを、生者へ返すことだ。

「違う」

ミアは目を閉じた。

「……やっぱり」

そして外套から一通の封筒を出した。

「兄から届いた最後の手紙です」

「君宛て?」

「いいえ」

ミアは封筒を裏返した。

リムルの呼吸が止まる。

そこには、

『勇者専門葬儀屋 リムル・フォールへ』

と書かれていた。

「どうして……俺の名前を」

アルトとは会ったことがない。

少なくとも、リムルの記憶にはない。

ミアが言った。

「兄は、この手紙を渡すとき、こう伝えるように言いました」

雨音が強くなる。

「その葬儀屋だけが」

少女は棺の中の兄を見た。

「僕を英雄ではなく、一人の人間として葬ってくれる」

リムルの指が止まった。

なぜアルトは、自分の存在を知っていた?

なぜ自分の死を予測していた?

そして。

封筒から漂ってくる、この懐かしい魔力は何だ。

それは、かつてリムルから左目の光を奪った「あの日」と同じ魔力だった。


【無料公開部分はここまで】

死んだ勇者は、なぜ会ったこともない葬儀屋を指名したのか

アルトは、自分が死ぬことを予測していました。

そして死後、自分が「魔王を倒した英雄」に仕立てられることまで見抜いていました。

だからこそ、最後の仕事をリムルへ託した。

しかし、その手紙にはもう一つ。

リムル自身さえ知られているはずのない過去へつながる言葉が残されています。

なぜアルトはリムルを知っていたのか。

王国が隠そうとしている和平の証拠はどこにあるのか。

兄を殺した王の前で、ミアは何を選ぶのか。

そして数万人が見守る国葬で、リムルはどうやって王国の嘘を暴くのか。

ここから「英雄の葬式」は、

国家そのものを相手にした反逆へ変わります。


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