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財布がピンチでも「外食」を続ける日本

 学生時代に一人暮らしを始めて、よく食べたのはチャーハンだった。具材にもよるが、自炊すれば腹一杯食べても200円はかからない。財布がピンチのときは、外食を減らして自炊した。お金がなければ、自分でどうにかするしかないという当たり前の話だ。

 しかし、今の日本では、それが当たり前になっているだろうか。イラン情勢の悪化で原油価格は高止まりしていて、ガソリン価格が200円くらいにまで上がっている。政府は19日にガソリン補助金を再開して、レギュラーガソリン1リットルあたり170円を超えないようにする。そのために月3千億円必要になるとの見通しを片山さつき財務相が明らかにした。

 年間で3.6兆円もの巨額になる。そもそもガソリン価格高騰の背景には、地政学リスクによる原油高と、それに伴う円安の進行がある。

 私たちが化石燃料を海外から買うことは、ドルを買い、円を売るということだ。原油価格が上昇すれば、その分だけ必要な輸入額は膨らみ、年間数兆円規模の実需のドル買い円売りが発生する。つまり、補助金で国内の価格を無理やり抑え込んでも、結果としてさらなる円安を招き、自ら輸入物価を押し上げるという悪循環に陥っている。お金がないのに「高い外食」を続け、自分たちの通貨の価値を下げている状態と言っていい。

 もちろん、急激な物価高から国民生活を守るための「痛み止め」は必要だ。しかし、原油高は今に始まったことではない。高い支持率を誇る現在の高市政権だからこそ、ただ「飴」を配るだけの対症療法にとどまらず、痛みを伴ってでもエネルギーの自給率を上げる、つまり国家レベルでの「自炊」への転換という本丸に切り込むことができるのではないだろうか。 ところが、太陽光や風力などの再エネの話になると、「自然を破壊する」「景観が悪くなる」といった強い批判が必ず上がる。もちろん、無秩序なパネル設置などの乱開発は論外で、ルールで厳しく規制されるべきだ。しかし、太陽光発電そのものを全否定するような風潮には、強い違和感を覚える。

 自分の国の自然が少しでも形を変えることには猛反発するのに、化石燃料を掘り続けることには構わないというのは、あまりに想像力が欠如していないだろうか。私たちが当たり前のように消費している化石燃料も、遠く離れた異国の地で、巨大な炭鉱や油田開発によって大規模に自然を切り崩し、手に入れたものだ。

 自然破壊が許せないから、節電を呼びかけるのならまだ筋が通る。しかし、化石燃料由来の電気はこれまで通り使い続けながら、自分たちの視界に入る再エネだけを批判するのは、単に見えない場所での破壊から目を背けているに過ぎない。

 スイッチを押せば電気がつき、スタンドに行けばガソリンが手に入る。その便利さとお金の向こう側に、どのような世界が広がっているのか。誰が、どこで、そのコストを負担しているのか。

 お金を出せば何でも海外から買えるという幻想から抜け出し、痛みを伴ってでも「自炊」へと舵を切る。私たちの想像力と覚悟が、今まさに問われている。

※こちらの記事は、AERA2026年3月30日号にも掲載しています。


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お金や経済の話はとっつきにくく難しいですよね。ここでは、身近な話から広げて、お金や経済、社会の仕組みなどについて書いていこうと思います。 …

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