まもるぼくらの故郷はどこだ?
仏現代思想における「デラシネ?/déraciné」は、単に「故郷を失った人」や「根無し草」にとどまらず、人間存在が、歴史・言語・共同体・身体・文化との結びつきを失うことを指す、非常に重要な概念だ。でまぁ、ワイが好きな実相寺昭雄監督が1970年から72年にかけて手がけた映画3作「無常」と「曼荼羅」そして「哥」に、特撮TV番組「シルバー仮面」は、様々な角度からデラシネを描いたのではないかなぁと、そんな感想を抱いている。わかりやすいところでは「シルバー仮面」における家と父の喪失から始まる放浪生活があり、映画「無常」と「曼荼羅」ではカップルや夫婦。家族という関係性の解体、あるいはコミューンの崩壊を描き、さらに「哥」では伝統や文化を切り売りする兄弟と、故郷を死守しようとして文字通り死んでゆく使用人を描いている。実相寺自身は3作の映画について、仏教用語の「無明」が鍵と明言しているが、実は石堂淑朗の脚本や共同作業によって、その目論見が大きく変化したのが様々な資料からうかがえる。結果、完成した実相寺作品からは唐木順三の「無常」よりもデラシネを、そして引揚者としての実相寺自身を感じてしまうのだ。




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