私の好きな甘い時間 【まきと須川の文藝大賞2026 応募作品】
― A Piece of Time ―
子どもの頃、今のようなケーキ専門店は、身近にはなかった。
ケーキは、パンを売っている一角にあった。パンのそばに、透明な容器に入って並んでいた。
私が好きだったのは、黄色いモンブラン。
栗の色というより、明るい黄色。細いクリームがぐるぐると山になった、あのケーキ。
大人になってから、昔ながらの黄色いモンブランを食べる機会があった。
「あれ。こんな味だったっけ」
スポンジは単調で、クリームはびっくりするほど甘かった。

高校生になると、好きなケーキが変わった。
長崎のシースケーキ。
白い生クリームの上に、黄桃とパイナップル。
学校帰り、友達と、ときどき「ケーキの西銀」に寄った。
奥の喫茶スペースに座って、シースケーキを一切れ。飲み物は頼まず、水でいい。
お小遣いは、欲しい雑誌を買ったり、帰り道にちょっと何か食べたりしているうちに、すぐになくなる。
だから、飲み物代は惜しかった。
制服のまま、友達とケーキを食べる。
それだけで、十分だった。

大学生の頃、ホールケーキと花束をもらった。
母が家を出たあと、父と妹二人と暮らしていた。大学へ行き、アルバイトをし、家事をする毎日だった。
フルーツののった生クリームのケーキ。
花束。
そして、小さなカード。
「頑張り屋さんの君へ。」
今も覚えているのは、あの短い言葉だ。

それから年月が流れ、娘が生まれた。
夫の誕生日には、娘とケーキを作った。
生クリームを塗り、いちごをはさんで、うさぎのマジパンをのせる。
たぶん夫より、私と娘のほうが楽しんでいた。
娘の誕生日には、毎年、娘が喜びそうなケーキを注文する。
小さかった娘は、もう大人になった。
それでも誕生日が近づくと、私はケーキを探している。
「今年は、どんなケーキにしよう」
それは今も変わらない。

こうして思い出すと、私の記憶には、ところどころにケーキがある。
黄色いモンブラン。
友達と食べたシースケーキ。
花束と一緒にもらったホールケーキ。
家族の誰かのバースデーケーキ。
どれも甘い。
そして、どのケーキのそばにも、誰かがいる。
次の私の誕生日は、還暦。
そして、33回目の結婚記念日でもある。
今年は、どんなケーキにしよう。

あとがき
この企画を知ったとき、参加しよう、とすぐに思いました。
だって、企画されてる、まきさん、りっちゃんさん、お二人が好きなのです。
そして、noteという場所も好き。
好きな人たちが、好きな場所で開く文藝大賞。
そこに「私の好きな〇〇」を持っていけるなんて、なんだかいいなあ、と。
何を書こうか考えて、最初に浮かんだのは、子どもの頃に好きだった黄色いモンブランでした。
そこから記憶をたどっていたら、高校生の私がいて、大学生の私がいて、夫と娘がいて。
ケーキの話を書くつもりが、いつの間にか60年近い時間を歩いていました。
こうして昔の記憶を拾い上げ、言葉にして、誰かに読んでもらえる。
そんなことができるのも、私がnoteを好きな理由のひとつなのだと思います。
まきさん、須川さん、りっちゃんさん。
素敵な企画をありがとうございます。
今年は、読むのも、書くのも、たっぷり楽しませていただきます。
