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42歳、韓国生活強制終了。

とんぼ返りから、3か月近く経った朝。目が覚めた瞬間、ふと、「リンパに悪いものがある」と感じた。

なんとなく…ではなかった。
もっと、確信に近い感覚だった。

数日前、お客様を案内したリンパマッサージの店を思い出した。

マッサージは、もともと好きじゃない。
でも、虫の知らせというのか、これは受けないといけない!そう思って、マッサージ店に行ってみた。

施術が始まって、胸のあたりを触られた瞬間、激痛が走った。

「痛い!」
痛みに強いタイプのわたしが、思わず声をあげるほどの激痛。

すると先生が、

「胸より、もしかすると子宮とかかもしれない」
と言った。

思い当たる節があるので、わたしもそんな気がした。

「病院行こう!」
会うのが2回目のわたしに、先生はそう言って、すぐに自分のかかりつけ医である内科の先生へ連絡してくれた。

「明日の診察時間前に診てあげるよ」
そう言っていただいて、翌朝、病院へ行くことになった。

朝7時半。
わたしは、マッサージの先生と一緒に病院へ向かった。

そこで、

「卵巣に泡のようなものが見える」
と言われた。

先生が描いてくれた絵には、直径8センチと書かれた卵巣の周りに、小さな丸がたくさんくっついていた。

「卵巣嚢胞なのかな?」
その場で、そう思った。

そして先生は、

「すぐ日本に帰って、オペしたほうがいい」
と続けた。

内科のドクターなのに、きっぱりとそう言う。
だから逆に、信憑性が高いと思った。

ここで捻転でも起こしたら……。

もう、帰国することしか考えられなかった。

社長には「あと半月だけ待ってくれ!」と言われたけれど、もうそんなことを言っている場合じゃない。

給料の未払いもあったし、正直、もう「構うこっちゃない」と思った。

「途中で放り出して大人げない」とか、「仕事に対する責任」とか。誰かからどう思われるかより、自分の身体のほうがたいせつだった。

数日後、わたしは日本に帰った。

帰国してすぐ、以前から通っていた婦人科へ行って、紹介状を書いてもらった。

大きな病院で診てもらったところ、やはり卵巣を摘出する判断となり、手術をすることになった。

そして、入院前の最後の診察の日。
朝から、お腹が痛かった。

診察を受けると、卵巣が破裂してしまっていた。

「破裂」と聞いて驚いたけれど、裂けたところから出血が始まっている状態で、そのまま緊急手術することになった。

緊急手術の場合、途中で病理検査を行わないそうだけど、先生は、

「たぶん良性だと思いますよ」
と言った。

良性と言われた安心感と、術後の経過も良かったので、一週間後に退院した。

すがすがしい気持ちだった。
これで、終わったと思った。

あの日の朝、診察前にエコー検査をしてくださった内科の先生に、無事に手術が終わったことを手紙で報告した。日本が好きだと言っていたので、日本らしい絵柄の扇子をいっしょに送った。


退院して二週間。
術後経過の診察と、病理検査の結果を聞くため、病院に行った。

内診をして、とくに変わったことはないと伝えると、先生がこう言った。

「悪性だったので、大学病院に紹介状を書きます。これ以上のことは、この病院ではできません」

声が出なかった。
わたしを見つめる先生は、真顔だった。

診察室を出るとき、科長先生をはじめ、婦人科のドクターたちが並んで、深々と頭を下げていた。

わたしは、ふつうに振る舞っていた。
でも、待合室の患者さん全員が、わたしを見ているように感じた。

「えー、悪性だったの?」
どこをどう通って帰ったのか、覚えていない。

頭が真っ白だった。

その後、大学病院を受診したけれど、手術日が決まらず、鬱々と過ごす日が続いた。

「わたしの何がいけなかったんだろう」

食べ物、生活習慣、ストレス……。

ありとあらゆる方面から、癌になってしまった原因を推測した。
こんなに心が重いのは、鬱病と診断されたとき以来だった。

だけど、そのうち、「癌なら癌で仕方がない」と思えるようになっていた。

入院したときに着たいパジャマを買いに行ったり、もし抗がん剤治療で髪が抜けたらカツラが必要だと思い、知り合いの美容師さんに相談したり。

そうしているうち、大学病院から電話があり、急遽、入院が決まった。

卵巣破裂から2か月。
無事に入院となった。

手術は、入院した次の日。

朝8時。
看護師さんと、徒歩でオペ室に向かった。

自分で手術台に上がると、急に涙が溢れてきた。

悪性と言われて1か月半。
入院が決まらずに、苦しかった日の自分を思い出したら、涙が止まらなかった。やっと手術してもらえるという、安堵の気持ちもそこにはあった。

オイオイ泣いているわたしに、「どうしたの?」と担当の女医さんが、やさしく背中を摩ってくれた。

「はやく麻酔かけてくださいっ」
オペ室が笑いに包まれた。

看護師さんが涙を拭いてくれているなぁ…と思っているうちに、意識が遠のいていった。

子宮と、もうひとつの卵巣、大網の一部を切除した。

遠くで、わたしを呼ぶ声が聞こえた。

「よく寝た」くらいの感覚で目を開けると、先生が、オペ中の検査で悪性のものは確認されなかったと嬉しそうに伝えてくれた。

「やったー!」
思わず声が出てしまった。

後日、科長先生の回診のとき、科長先生がわたしの耳元で、小さな声で、

「聞いたよ。よかったね!」
と言ってくださった。

自分が、生かされていると思ったら、涙がつつーと流れた。

生きてると、ふしぎなことって、たくさんある。


つづく

#48

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