昭和、男もつらかった(番外)軍歴を辿る33 恩師のご尊父(10)

 熊本出身の恩師の、戦死されたご尊父の軍歴を探すお手伝いをしている。熊本県庁や、ご尊父の除籍謄本がある(現)K市に問い合わせた結果、まずK市に除籍謄本の代理請求を郵便で行うことにして、恩師から委任状をいただくべく、お手紙や委任状の書式をお送りしたところまで述べた(恩師のご尊父(9) )。

 今日び郵便にはとても時間がかかる。2025年の郵政法改正(改悪?)により配達日が繰り下げられ、同地域内であれば翌日届いていた郵便物も翌々日、下手すると中2日かかるようになった。週末を挟むともっと長い。異なる地域、とくに遠距離の郵便物は言わずもがな。首都圏から鹿児島宛の場合うまくいけば翌々日に届いていたのに、いまは1週間見込むのがふつうである。

 恩師への封書を投函してから約1週間、ちゃんと届いているのかやきもきしていた。「手紙が届いた」のご一報があれば安心だが、お問合せするのも失礼。恩師にすれば、委任状を書いて返送するのが「返事」なわけだから、辛抱づよくお返事を待つべきだろう。と「じっと我慢の子であった」(これがわかるのは昭和世代でしょう)。

 ある日、スマホに恩師からメッセージが届いた。
「妻の兄が亡くなりました。委任状には手をつけられていません」

 封書が届いていたことは幸いながら、予想外の展開である。恩師の奥様は数年前に先立たれた(「文字を持たなかった昭和 番外 帛枝さん」で述べた)。お悔やみに伺ったのは亡くなって約1年後だったが、恩師のお気落としようと言ったら、どんな言葉も無意味に思われた。今度は奥様のお兄様。近しい身内が一人減ることの寂しさ、心細さはいかほどだろう。

 わたしはお悔やみの言葉とともに「お気落としでしょうが、くれぐれもご自愛ください」そして「委任状はもちろん先生のペースで、落ち着かれてからご着手くださいませ」と返信した。

 するとわりとすぐにまたメッセージが届いた。
「義兄はなんでも話せて愚痴をこぼせる最後の相手でした。残念でたまりません」
「最後の」という3文字が胸に刺さる。わたしはすぐには返信できなかった。

 恩師が委任状のような「役所の手続き」に気持ちが向くようになるには、少し時間がかかるのではないかという気がしている。もしかすると、軍歴請求自体に意欲をなくしてしまわれるかもしれない。お気持ちはあっても気力と体力がついていかない状況もあり得るだろう。

 もともと軍歴請求には関心がおありだったのに、恩師は熊本県庁への電話をずっと先送りにされてきていた。そこの部分を含めてわたしが「お手伝いします」と申し出ていまの流れになっているのだが、また先送りになるのではないだろうか……。

 畢竟、軍歴請求は恩師とご尊父の間のことであり、恩師ご自身のことなのだ。

 恩師がお元気なうちにお取り寄せして差し上げたい、というのはわたしの気持ちでしかない。よくやるように自分の都合でコトを進めようとしているよね? と神様から釘を刺された気分でもある。

 待つしかない。これまでのいろいろがふいになることも覚悟しながら。


いいなと思ったら応援しよう!