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高市氏の「戦争の惨禍を繰り返さ『せ』ない」発言 ―ドイツには自らの戦争責任を省みる「ホロコーストの日」があるが、日本にはそのような機会がない

 15日の全国戦没者追悼式で高市早苗首相は、式辞で「戦争の惨禍を、二度と繰り返さ『せ』ない」と語った。聞いていて思わず耳を疑った。憲法前文には、「日本国民」が「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意」とあり、また広島平和記念公園にある原爆死没者慰霊碑の石棺に刻まれた碑文にも「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」とある。主体はあくまで日本国民だ。

 「繰り返させない」は使役の意味であり、行動の主体から我々日本人は除かれることになる。戦没者追悼式でそのようなことを語る首相は高市氏が初めてで、まったく前代未聞のことだった。日本人の誓いを述べる機会、あるいは場面で、「させない」という表現はまったくふさわしくない。その発言だけでも首相失格であり、歴史的教養に欠けるとんでもない人物が首相になったものだとあらためて思う。


 少し調べてみると、高市氏は過去の著作や発言で、太平洋戦争について「ABCD包囲網による経済的封鎖や石油の全面禁輸といった挑発行為に対して、日本は自衛のためにやむなく戦争に突入した」という持論を展開しているようだ。それでは日本にどうして包囲網が敷かれたとか、包囲網以前に日本軍が中国大陸で満州事変や日華事変を起こしたという歴史的事実に対する視点にまったく欠ける。日中戦争における中国人犠牲者の数は1000万人以上と広く信じられている。この犠牲者の数は言うまでもなく、日本の主権の外である中国において日本軍によってもたらされたものだ。先の大戦には日本にはまったく責任がない、日本は諸外国の犠牲者だったと高市氏は言っているようなものだ。

高市氏はこの映画も観ていないだろう。もちろん原作も読んでいないに違いない。 https://grappatei.hatenablog.com/entry/2023/10/13/132805


 高市氏の発言を聞いていると、日本が戦争で国外においてどれほどの犠牲をもたらしたかという教育が日本人には徹底していないことが判る。ドイツでは、毎年 1月27日 が「ナチス・犠牲者を記憶する日(国家社会主義犠牲者追悼の日)」で、ナチスの戦争犯罪を国民全体で反省する日になっているが、日本は沖縄慰霊の日、広島・長崎の原爆日、終戦記念日と日本の犠牲ばかりが強調される。

佐藤英道/中道/🌾衆議院議員🍚北海道 @hidemichisato 「安らかに眠って下さい 過ちは 繰り返しませんから」 碑文にはこう刻まれています。世界の恒久平和を願って爆心地に近い場所に建設された広島平和記念公園。きょう8月6日は「広島原爆の日」。核兵器廃絶と世界の恒久平和を固く誓いました。 【写真は2022年8月】 #広島平和記念公園 https://x.com/hidemichisato/status/1952957037664673916


 ドイツではベルリンの連邦議会(Bundestag)で毎年1月27日に追悼式典が開催され、生存者や政治家がスピーチを行い、また学校や自治体でも教育活動が行われ、各地の記念館や学校、市民団体が、歴史の記憶を風化させないための朗読会、展示、ワークショップを実施している。日本では日本がアジア諸国に対してどのような犠牲を強いたのか、教え、学ぶ機会もない。この差が高市氏のような発言が飛び出す背景になっているのではないかと思う。

ドイツ・ベルリンで ホロコースト犠牲者を追悼する https://www.deutschland.de/en/never-forget


 明治期以降の日本は、経済発展とともに、資源の獲得地域と市場を拡大させるために、その手段として陸軍と海軍の軍備の充実を図っていった。中国大陸の経済的権益を獲得しようとして日清戦争、日露戦争に勝利した日本は1910年に大韓帝国を併合し、1915年に対華21カ条の要求を行い、山東省に関する権益をドイツから引き継ぐことを中国政府に認めさせ、旅順・大連の租借期限も延長させた。陸軍の中で財閥と結託して、日本の中国への膨張政策を推進したのが、二二六事件を起こした国家社会主義的な皇道派と対立していた東條英機など統制派だった。1929年に世界大恐慌が起こると、日本は国内の経済危機を克服する目的もあって中国に対する経済的野心をいっそうあらわにし、1932年に傀儡国家・満州国を成立させ、満州の資源や土地を意のままにし、日本からの移民政策を推進した。これに強く反発したのが、1933年にアメリカの大統領となったフランクリン・ルーズベルトだった。対中貿易に従事した経験をもつルーズベルトには中国に対する同情が強くあり、また日本が中国におけるアメリカの利権を脅かすことを強く警戒した。

 ルーズベルトは、資源小国の日本経済がマヒするような制裁策を次々ととっていった。1939年12月に日本に対する航空燃料と飛行機用の潤滑油の輸出が規制された。さらに1940年10月16日には、くず鉄や鉄鋼の輸出が行われなくなった。1941年7月26日にアメリカは日本の在米資産を凍結し、日本との通商関係を事実上打ち切り、その一週間後、ルーズベルト政権は石油の輸出を停止した。こうしたアメリカの強硬な対日政策にイギリスやオランダも従い、これら2国の植民地であった東南アジア諸国からの日本への資源の輸出を停止させた。こうした米欧諸国の措置が日本経済にとって絶望的な将来を与えることは明らかだった。軍部をはじめとして日本政府は、危機を打開するためには武力でもって南洋の資源を獲得、確保するという意向を固めていき、1941年12月8日に真珠湾攻撃とマレー作戦を実行し、日本も第二次世界大戦に突入することになる。

『トラ・トラ・トラ!』より 真珠湾攻撃は地獄の始まりだった https://cinemarche.net/drama/tora-tora-tora-akikuni/


 日本の政界に良識があるならば、高市政権後に、「明治の日」などではなく、「日本軍国主義犠牲者追悼の日」などを設けるべきだと思う。高市首相が苦手に思っている天皇陛下もきっと賛成するだろう。もちろん、天皇は政治に口出しすることはできないが・・・。

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