スキンケア日記。(5)
(5)乾燥肌を大切に
ビラノアを辞めてから二週間ほどは、またしてもシャワーの後に腕や脚の表面が赤くなったり、かゆみが出る症状に悩まされた。が、わたしはもう慌てなかったし怯えなかった。わたしの身体が反応している。そう思えるようになった。
*
「ちょっと、こっちに来て」
週末、一緒に買い物に出かけた先で、旦那さんがわたしを呼んだ。電気屋さんのコーナーに見せたいものがあるらしい。なんだろうと思って後ろからついて行くとシャワーヘッドのコーナーだった。
「この頃、頭皮が少しかゆくてさ。ミストの出るシャワーヘッドなら、刺激も少ないかもしれないと思って」
わたしは自分の慢性蕁麻疹への取り組みについても逐一彼に相談していた。相談といったら大げさだ、おしゃべりのタネにしていた。彼はいつも「へえ」だの「ふうん」だのとしか反応を返さなかったけど、シャワーの水圧の強さが肌の刺激になっているのかもというわたしの話にピンときたらしい。
ほぼ同じ年の旦那さんは、わたしのように更年期特有の症状には悩んでいない。でもだからと言って体調の変化や身体の不調が全くないわけではなく、もしかしたら日々の仕事の疲れが溜まっているのかもしれない。そういうことを口にするタイプではないので、ほんとのところはよく分からない。
「それにしても、高いねえ」
シャワーヘッドは機能も値段もピンキリだ。技術の進歩によって昔に比べ、家電製品の性能が格段にレベルアップしているのは想像できるけれど、高すぎる買い物はわたしは嫌いだ。それが本当に自分たちの生活に必要かどうかを見極めてから買わないと「より良いもの」を欲しがる気持ちに歯止めが効かなくなりそうで、それが一番怖い。
あるメーカーから発売されているシャワーヘッドは、ファインバブルというとても小さな泡が出るらしい。それは毛穴や毛髪よりもさらに小さな粒なので、肌への刺激を減らしながら汚れを除去できるらしいのだ。
「できれば一度、店頭で試してから購入するかどうか決めようよ」
一応そういうことにしてある。高価な買い物をする時、夫婦で意見が分かれそうな時、少しだけ時間をかけて考える。人それぞれ考え方も価値観もちがうから、ちゃんと話し合った上で購入したほうが、その後も大事に使おうという意識も持続しやすいと思っている。
この数週間で自分は慢性蕁麻疹なんだという認識が変わってきた。かゆみは朝や夕方、時には夜遅く、確かに小さな波のようにわたしの身体に生じてくる。とはいえ、もう薬が必要ではなくなった。かゆい部分をさすったりマッサージしたり軽くストレッチをしながら、おさまるのを待つ。それで何とかなっている。
もしかすると最初のうちにもっと積極的に自分の生活習慣を徹底的に見直していたら、これほど長く薬に頼らなくてもすんだかもしれない。
病院に通って症状だけを説明し、何らかの薬を求める。求められたらお医者さんは薬を処方する。薬を飲んでいれば症状は気にならないからという理由で、延々と治療が続いていく。わたしの皮膚科で受けた治療は、そんなプロセスだったのかもしれない。反省するし、落ち込む。その一方で大切なことに気づくことができて良かったとも思っている。
一番の変化は自分の身体に対して気遣いすることが習慣になり始めたこと。それからセルフケアは、他人に頼っても仕方がないのだと観念したこと。自分が自分であるという現実を引き受けるということは、心のケアも身体のケアも最終的には自分がやるのだという覚悟が必要になる。わたしにはその覚悟が充分になく、そのせいで症状を長引かせてしまった。
最終的にかゆみの最大の原因は乾燥肌だという結論にいたった。乾燥肌というと、脂性肌とセットにして考える人も多いのではないか。化粧のりがどうだとか、肌のテカリがどうだとか、若い頃であれば肌=顔のことというイメージがあるかもしれないが、わたしの年齢(五十代)になってくると、乾燥肌というのは決して馬鹿に出来ない問題なのだということが分かった。
肌が乾燥しているとバリア機能が低下して、すきまから異物が侵入しやすくなる。何らかの刺激を受けたと感じた身体は、ヒスタミンなどの物質を体内で発生させ、かゆみが引き起こされる。症状があることはわるいことではない。それは身体からのメッセージなのだという理解ができなかったのは、医療に対する考え方が間違っていたからだ。
病気であれば、それを治すことがゴールになる。症状があればそれが消えることがゴールになる。これまでのわたしはそう思っていたし、医療を受けるとか治療を受けるというのは、ゴールインすることが目的だと勘違いしていた。でも肌のかゆみについてはゴールはない。なぜなら、生きている以上、肌が乾燥したり傷ついたりといった小さな出来事は毎日のように生じているのだから。
身体が変化すること、老いていくこと、目には見えない少しずつの変化を気づかないままに生きることは、決して自分を大事にしているとは言えないんだなと思った。自分を大切にするとは、よく言われるように、ありのままの自分を見つめて、そこで必要とされるケアあれば、手間を惜しまずに自ら行動に移すことだったのだ。
この先も身体との付き合いは続いていくし、その間に大小さまざまなトラブルに出会うことになると思うけれど、もう症状を恐れたり、必要以上に心配したりすることはやめて、現状をリアルに見つめるところからスタートできるわたしでいたい。
(完)
追記:結局シャワーヘッドを購入し、今は快適なシャワー時間を過ごしている。シャワーの出を五段階で調節しながら、髪と肌とに合った洗い方でお手入れする。シャワーの後はワセリン入りではなく、セラミド入りのボディクリームを使用するようにしたところ、かゆみの出現率は激減した。
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