受け入れることは、負けじゃない。
実に36年ぶりなんですが、
車椅子になった父(80)と、
毎日、
あーだこーだ言いながら、
お互い協力し合って生活しています。
最近は、
カニがブームで、
食べた後の殻で出汁を取り、
ラーメンを作ると父が喜ぶので、
我が家の冷凍庫はカニ出汁で埋め尽くされています。
楽しい生活なのですが、
明らかに父は老いてきています。
小説が好きだったけれど、
左半身が動かなくなり、
本が読めなくなりました。
PCやタブレットで電子図書を読んでいましたが、
目が霞んで読みにくくなったと言い、
読書を辞めてしまいました。
毎晩寝る時に、
「今日もようやく1日が終わった」
が、口癖。
父のことを考えると、
胸が苦しくなります。
父が、
今まで出来ていたことが、
徐々に出来なくなり、
諦観の言葉を吐くようになりました。
それが、
わたしをとても苦しくするのです。
なぜだろう?
と、考えたら、
父は、
少しずつ出来なくなることを、
諦めという形で、
受け入れているのです。
その姿が、
切なくて切なくて、
毎日胸が苦しくなるのです。
父が老い、
50代のわたしも、
老いてきました。
違うのは速度だけ。
老眼鏡はマスト、
顔のシワは深いです。
やばいやばい!と、
アンチエイジングに課金です。
小田切ヒロさんがコレ良いと言ったら、
すぐググってポチ。
美容皮膚科の基礎化粧品も譲れません。
老化を少しでも遅らせたい!
でも、
時は無慈悲です。
わたしは、
父の介護をしているつもりでした。
でも実際は、
日々父に大切なことを教えてもらっているんです。
人は老いる、ということを。
そして8年前に天国に帰った母も教えてくれました。
人は死ぬ、ということを。
どんなに老いに抗っても、
時間だけは、
誰にでも平等です。
それでも
老いを素直に受け入れてはいません。
最先端の技術や、
噂のアイテムもすぐ導入。
でも、
若返りたいわけじゃない。
むしろ、
若い時の黒歴史は思い出したくもない!
ただ、
他人から見て若い・若くないという判断基準ではなく、
わたし自身が、
どうやって生きたいのか?
を、
中心に据え始めたのです。
つまり、
どうあがいても老いるから、
今日を気持ちよく生きるための選択をしよう、
と、
思うように変化しました。
両親が教えてくれました。
人は死ぬ。
人は老いる。
出来ないことも増える。
それでもお腹は空く。
そして、
受け入れて生きる。
わたしは、
わたしを生きるしかないのです。
親は、自分が老いていく姿を見せながら、
子どもに生き方を教えているのかもしれません。
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