【読書記録】センセイの鞄/川上弘美


川上弘美さんの作品を初めて手に取った。
読み終えて心に残ったのは、37歳のツキコさんと、かつての恩師である「センセイ」が過ごす、静かで少し不思議な時間の手触りだ。
30歳以上の年齢差がある二人。再会したとき、二人はすでに自立した大人同士だ。 恋愛という言葉で括るにはあまりに自由で、けれどお互いがいなければ成立しない、あの絶妙な関係性。生徒に見せていた「先生」の顔ではない、一人の男性としてのセンセイの佇まいが、柔らかな筆致で描かれている。
「センセイ」というフックが呼び起こす記憶
この物語を読んでいる間、私の意識は何度も自分の学生時代へとタイムスリップした。
一番に思い出したのは、小学生の頃の担任の先生。 「明日子(あすこ)」という名前がとても素敵で、子供心に憧れていた。
月日は流れ、地元の病院に就職した私は、偶然にもその先生の検査を担当することになった。 目の前にいるのは、間違いなくあの「センセイ」。 けれど、向こうは昔の教え子のことなんて覚えていないだろう。何より、かつての生徒にお腹を見せるのは恥ずかしいかもしれない。そう思って、結局最後まで名乗ることはなかった。
あの沈黙もまた、今思えば一つの「大人同士」の距離感だったのかもしれない。
高校時代の担任も思い出す。
汗っかきで、いつも「なっちゃん」のオレンジジュースを美味しそうに飲んでいた、熱血漢の先生。 後に母校の校長先生になったと聞いたが、私たちが教わっていた頃に離婚を経験されていたという。当時は知る由もなかった「センセイのプライベート」が、今なら一人の人間の人生として理解できる。
繋がっていく「センセイ」への感謝
娘が小学校に通うようになり、親という立場で学校に関わるようになった今、改めて思う。 先生という仕事は本当に大変で、尊い。子供たちの成長を支えてくれる存在への感謝は、尽きることがない。
娘たちはこれから、どんな先生に出会い、どんな思い出を刻んでいくのだろう。 「ウフフ」と笑みがこぼれるような、温かな記憶が彼女たちの中に積み重なっていくことを願わずにはいられない。
『センセイの鞄』は、物語を楽しむだけでなく、自分自身の歩んできた道をそっと全肯定してくれるような、そんな優しい読書体験をさせてくれた。
駅前の居酒屋で高校の恩師と十数年ぶりに再会したツキコさんは、以来、憎まれ口をたたき合いながらセンセイと肴をつつき、酒をたしなみ、キノコ狩や花見、あるいは島へと出かけた。歳の差を超え、せつない心をたがいにかかえつつ流れてゆく、センセイと私の、ゆったりとした日々。谷崎潤一郎賞を受賞した名作。
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