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『論語』と『孟子』を読む――儒教思想の中心に触れる二冊

儒教と聞くと、古い道徳や堅苦しい礼儀作法を思い浮かべる人も少なくないかもしれません。けれども本来の儒教とは、人はいかに生きるべきか、政治はいかに行われるべきか、学ぶとは何か、君子とは何かを問い続ける、大きな人間学であり政治思想です。

その中心にあるのが、『論語』と『孟子』です。

『論語』は、孔子と弟子たちの言行を伝える書です。そこには、仁、礼、学問、政治、友人、親子、君子のあり方など、人間が生きるうえで避けて通れない問いが、短い言葉の中に凝縮されています。体系的な理論書というより、孔子という人格そのものに触れる書といってよいでしょう。

一方の『孟子』は、孔子の思想を受け継ぎながら、それをより明確な人間論・政治論へと展開した書です。性善説、仁義、王道政治、民を重んじる思想など、『孟子』には儒教が単なる個人道徳にとどまらず、社会や国家のあり方にまで及ぶ思想であることが力強く示されています。

江戸時代の儒者・伊藤仁斎も、『論語』と『孟子』を重んじました。仁斎にとって、この二書は孔孟の道を知るための中心的な書物でした。つまり、儒教を知るには、ただ『論語』だけを読むのでは足りない。孔子の言葉に触れ、その言葉が孟子によってどのように人間論と政治論へ展開されたかを見る必要があるのです。

『論語』が儒教の根であるなら、『孟子』はその幹です。『論語』を読めば、孔子の言葉の厳しさ、温かさ、深い余白に触れることができます。『孟子』を読めば、その精神が人間性、政治、社会秩序へと広がっていく様子を知ることができます。

蜜蜂文庫では、このたび『論語』現代語訳版・解説つき、『孟子』現代語訳版・解説つきを刊行しました。古典の格を保ちながら、現代の読者にも読みやすい形で、儒教の中心に触れられるよう整えています。

儒教を、単なる教養語ではなく、自分自身の生き方や社会を見るための思想として読み直す。その入口として、ぜひ『論語』と『孟子』の二冊をあわせて手に取っていただきたいと思います。

執筆:蜜蜂書房編集部

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