怪異の正体を探る――抱返り渓谷のトンネル(秋田県仙北市)
秋田県仙北市、抱返り渓谷。回顧の滝を過ぎた先、遊歩道には素掘りのトンネルが四つ連なっている。一本道で、行きも帰りも同じ四つのトンネルを通ることになる。
昼でもほの暗いこのトンネル群には、古くから噂がついて回っている。
①歴史と背景
トンネルの手前には「誓願寺」と呼ばれる場所がある。名前から寺院を探してしまうが、これは実在の寺ではない。両岸の岩壁が迫る渓谷で、水が深い淵に流れる際に生じる泡沫が、寺で香を焚く煙のように見えることから名付けられた、景観への呼び名である。
トンネル自体は観光用の遊歩道として整備されたもので、手掘りの岩肌がそのまま残っている。昼間でも光が届かない区間があり、この暗さが噂を育ててきた土壌になっている。
②報告されている心霊現象
以下は伝承として記録するものであり、公的記録は確認されていない。
トンネル内で、四つん這いになった老人の霊が目撃されるという噂
トンネルの中で「ごめんなさい」という声が聞こえるという噂
トンネル内で子どもの霊が目撃されるという噂
最後の噂は、後述する飯村少年の逸話と結びつけて語られていることが多い。
③現地調査レポート
道はところどころ湿気で滑りやすく、岩場からは湧き水が流れ出て、地面が軽い川のようになっている場所もあった。

誓願橋を渡り、両岸の岩壁が迫る淵を見下ろす。当日は連日の悪天候の影響で、水面は本来のコバルトブルーではなく茶色く濁っていた。

しばらく歩くと、回顧の滝が現れる。何度も振り返って見たくなるほど美しいことから名付けられたという。近づくと、想像以上の水しぶきが飛んでくる。

滝を過ぎると、いよいよ四つのトンネルが始まる。


一つ目、二つ目は問題なく抜けられた。三つ目のトンネルに入ると、中は真っ暗で先が見えない。ライトを取り出そうとバッグを探ったが、うっかり携帯電灯を忘れてきていた。

暗闇の中、小さな光が近づいてきた。男女二人組が、スマートフォンのライトを頼りに反対側から歩いてきていた。心細さはあったが、自分のスマートフォンのライトを頼りに、なんとかトンネルを抜けることができた。四つ目のトンネルは、その先に問題なく通り過ぎた。

トンネルを抜けた先に、飯村少年鬼神の地がある。
説明板によれば、昭和10年(1935年)10月27日、角館町の小学生・飯村秀二君が、紅葉見物中に誤って谷へ転落した妹のトヨ子さんを助けようとして、共に命を落とした。碑文には「己は死んでも妹を殺されない、助けなければならない」という言葉が刻まれている。少年の兄弟愛は、後世「鬼神」として祀られ、地蔵尊が建てられた。

その先には立入禁止の案内板が立つ。最初の説明書きでは飯村少年殉難の碑より先は夏瀬ダムまで道が続くと記されているが、実際に見ると道は崩れ落ち、修繕の気配はなく、最近の出来事のようにも見えなかった。ここから先には進めない。飯村少年殉難の碑に、お祈りだけをしていくことにした。

手すりのない急な階段を下る。手すりがないほうが崖のように見える。

階段を上りきると、少年像と碑が静かに佇んでいた。地蔵尊の前には供物が供えられており、今も手を合わせに訪れる人がいることがうかがえる。碑にお祈りをして、その場を後にした。

引き返し、同じ道を戻る。帰り道、昔の道らしき鉄骨が目についた。現在の道は整備されているが、昔はもっと細い道だったのだろうと想像させる。

道中には落石注意の案内板があり、手すりがひしゃげている箇所もあった。落石の影響だろうか。


四つ目のトンネルに入る。内部の写真を撮ると、かなりごつごつとした岩肌が写っている。現地では暗くて細部までは確認できなかった。

そして、再び三つ目のトンネルに差しかかった。内部にはライトが点いていて、行きよりも歩きやすい。

だが、ふと違和感を覚えた。行きに通った時は真っ暗で、スマートフォンのライトを頼りに抜けたはずだ。しかも自分が入る前に、あの男女二人組も同じくスマートフォンの明かりを頼りに、暗闇の中からこちらへ歩いてきていた。人感センサーが遅れて作動したのだろうか。しかし、あの男女は自分より先に、暗闇の中からこちらへ歩いてきていたはずだ。
トンネルの壁に注意書きがあった。「雪害による落石の影響で、トンネル内の照明が消灯しています。通行の際は、ご自身の携帯電話などの照明を使い、頭上等に十分注意して通行してください」。

つまり、行きの時点で照明はすでに消えていたということになる。帰りに点灯していたのは、たまたま復旧作業のタイミングと重なったのだろう。そう考えるのが自然だが、あの男女二人組が自分より先にどこから現れたのかは、結局わからないままだった。
④考察――怪異はどこから来るのか
仮説① 集合的記憶の神格化(社会学的視点)
飯村少年の逸話は、記録に残る実際の事故である。だが地域はこれを単なる悲劇として終わらせず、「鬼神」として祀った。悲劇的な死を悼むだけでなく、そこに守護の意味を与えて語り継ぐことで、共同体は喪失を意味あるものに変換しようとする。トンネル内で「子どもの霊が目撃される」という噂は、この神格化された記憶が、後世に別の形の怪異譚として再生産されたものと見ることができる。
仮説② 暗所と反響が生む恐怖の増幅(地形・身体感覚的視点)
四つのトンネルは、いずれも素掘りで直線的でなく、外の光が完全に遮断される区間を持つ。人間は光を失うと方向感覚と時間感覚が鈍り、些細な物音や気配を過大に評価しやすくなる。「ごめんなさいと聞こえる」という噂も、水滴の反響音や風の通り抜ける音が、暗闇の中で言葉のように誤認されて生まれた可能性が高い。今回の照明消灯の体験も、噂を補強する条件が偶然重なった結果と捉えるのが妥当だろう。
⑤まとめ
抱返り渓谷のトンネルは、怖い場所ではない。正確には、境界で命を落とした少年の記憶と、光を失った人間の錯覚が、たまたま同じ暗がりの中で重なり合った場所だ。
通行の際は、必ず自分の光源を携帯してほしい。トンネル内の照明状況は変わりやすく、案内板の情報にかかわらず現況が優先される。日中の明るい時間帯に、複数人で訪れることをおすすめする。
