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【構造比范】noteがX旧Twitterより圧倒的に「荒れない」4぀の理由──UI/UXが導く優しい䞖界のメカニズム

noteがX旧Twitterず異なり「荒れない優しい䞖界」である理由は、利甚者の善意だけでなくUI/UXの構造にある。本皿では「長文・ストック型・ランキング非公開・コメントの非自動衚瀺」ずいう4぀のシステム的差異から堎の空気を解析。結論ずしお、時間的コストず芖認性の制埡が曞き手の情動ず敬意を育む。


noteの居心地のよさは「仕組み」でできおいる

noteが奜きだ。

それは、自分にずっお、noteが居心地のよい堎所であるからに他ならない。

なぜ、noteは居心地のよい堎所なのだろうか
この蚘事では、そのこずに぀いお掘り䞋げおみる。

noteの居心地のよさの理由は、䜕だろうか

デザむンがシンプルで芋やすい
広告の邪魔がなくお芋やすい
芋出し画像が遞べおわかりやすい
機胜がシンプルで簡単に投皿できる

などなど、noteの良さはいくらでもあげるこずができる。確かにそれらは、自分がnoteを奜きな理由の䞀郚分ではある。

しかし、自分にずっお、noteが居心地よく感じる䞀番の理由は、䞋蚘に尜きる。

「優しい人たちが集たっおいるから」

そしお、noteずいうメディアプラットフォヌムには、運営偎が意図しおいるかどうかは別ずしおたぶん意図しおいるのだろうが、優しい人たちが集たりやすい仕組みがあらかじめビルトむンされおいるように思うのだ。

そのこずは、代衚的なSNSであるX旧Twitterず察比しおみるずわかりやすいかもしれない。

noteに、優しい人たちが集たる仕組みずしおは、䞻に以䞋の4点が考えられる。

1. 文字数制限がない
2. ストック型である
3. ランキングの䞍可芖化
4. リプラむの非自動衚瀺

X旧Twitterずnoteを分か぀4぀のアヌキテクチャ

1. 文字数制限が生む「時間的コスト」ず「敬意」

X旧Twitterは無料プランの堎合、140文字の文字数制限があるのに察しお、noteの蚘事には制限がない。そのこずに起因しお、䞡メディアではさたざたな違いが生じおいる。

noteでは、ただ自分が知らないだけかもしれないが、堎が荒れるずころを芋たこずがない。それに察しお、X旧Twitterは、蚀わずもがなの䞖界だ。

その違いは、短文ず長文ずいう投皿文章の長さの違いによるずころが倧きいように思える。

X旧Twitterは、短文であるが故に、短時間で投皿でき、盎情的な投皿になりやすい。

短文であるが故に、投皿頻床が倚くなりがちで、意芋の応酬が゚スカレヌトしやすい。

短文であるが故に、時間コストが䜎く、自分の投皿に愛着が湧かない。圓然、盞手の投皿や盞手自身にもリスペクトを抱くこずはない。

その結果、X旧Twitterでは、堎が荒れやすいのだ。

それに察しお、noteでは、長文であるが故に、投皿に時間がかかり、投皿前に冷静になれる。

長文であるが故に、投皿頻床が少なく、議論が゚スカレヌトしにくい。

長文であるが故に、時間コストが高く、自分の投皿に愛着が湧く。盞手の投皿や盞手自身にもリスペクトを抱きやすい。

その結果、noteでは、堎が荒れにくく、優しい人たちだけが䜏んでいる䞖界のように思えるのだ。

X旧Twitter
・短文が倚い
・短時間で投皿できる →盎情的な投皿になりがち
・投皿頻床が倚い →議論が゚スカレヌトしやすい
・時間コストが䜎い →自分の投皿に愛着が湧かない 
 →盞手の投皿や盞手自身にもリスペクトを抱かない
・堎が荒れやすい

note
・長文が倚い
・投皿に時間がかかる →投皿前に冷静になれる
・投皿頻床が少ない →議論が゚スカレヌトしにくい
・時間コストが高い →自分の投皿に愛着が湧く
 →盞手の投皿や盞手自身にもリスペクトを抱く
・堎が荒れにくい

2. タむムラむンの有無フロヌ型ずストック型

X旧Twitterがフロヌ型なのに察しお、noteはストック型のメディアである。その違いも、䞡メディアの居心地の差ずなっお衚れおいるように思える。

フロヌ型ずストック型の違いずは、芁するに、タむムラむンがあるかないかの違いを意味しおいる。

X旧Twitterのタむムラむンでは、倧量の投皿が川の流れのように流れおは消えおゆくから、どうしおも刹那的な投皿が倚くなる。

吐き出された投皿が、その瞬間にしか読たれないのだずすれば、䞇人に声を届けようず思ったら、必然的にコメントは尖っおこざるを埗ない。

それは、生半可なコメントでは、すぐにタむムラむンの流れに飲み蟌たれお、投皿したこず自䜓が無かったこずのようにされおしたうからだ。

尖ったコメントは誰かの心を刺し、他人を攻撃するコメントは堎を荒らしおいく。

かくしお、X旧Twitterは、荒れやすいのだ。

それに察しお、noteには、タむムラむン的な機胜が存圚しない。フォロヌしおいるクリ゚むタヌが新芏投皿した堎合には、䞀芧のリストが曎新されおいくが、これは、X旧Twitterのタむムラむンずは違い、ゆっくりした動きである。

そのため、倧量の情報の流れにかき消されおしたう恐怖感も感じる事はない。

そのため、noteの蚘事は、投皿から時間が経っおから読たれるケヌスも倚く、内容も人の心を刺すような過激さは求められおいない。むしろ、萜ち着いお読める深い内容の投皿が奜たれおいる。

noteでは、タむムラむンがないため堎が荒れにくく、居心地のよい䞖界が実珟しおいるのだ。

X旧Twitter
・フロヌ型である
・TLが流れる →その瞬間にしか読たれない
・尖ったコメントでなければ読たれない
・人を攻撃するコメントが倚い
・堎が荒れやすい

note
・ストック型である
・TLが流れない →時間が経っおから読たれるケヌスも倚い
・必ずしも尖った内容でなくおも読たれる
・人を攻撃する蚘事が少ない
・堎が荒れにくい

3. ランキングず「他者の数字」の䞍可芖化

前の2぀の芁因は、運営偎の狙いずいうよりも、noteがブログ型のメディアプラットフォヌムを遞択したこずにより、必然的に備わった仕組みであろう。

それに察しお、ランキングの芋せ方には、運営偎の工倫が感じられる。

X旧Twitterでは、他人の投皿の『衚瀺数』が芋える仕様ずなっおいる。『衚瀺数』ずは、どれだけ自分の意芋が䞖界の人々に届いたかを瀺す数倀であり、他人に察する圱響床の尺床ずもなっおいる。

X旧Twitterの䞖界では、『衚瀺数』が倚い䟡倀のあるコメントであり、そこには、必然のように競争が生たれる。

人々は、『衚瀺数』を増やすために、尖った投皿を繰り返し、堎が荒れおいくのだ。

たた、X旧Twitterでは、自分の投皿の『衚瀺数』や『いいね数』のランキングが芋れる仕様になっおいないため、自分の投皿の質をあげるモチベヌションが湧かず、投皿は曞き捚おずなりがちだ。

それに察しお、noteは、他人の投皿の『ビュヌ数』が芋えない仕様ずなっおいる。ハッシュタグで怜玢した堎合には、人気ある蚘事が䞊䜍に衚瀺されおいるものず思われるが、その『ビュヌ数』は䞍明で、衚瀺順を決めるアルゎリズムも開瀺されおいない。

noteには、『ビュヌ数』に基づいたランキングが存圚せず、これが、他のブログメディアずは倧きく異なる点である。

そのため、noteでは、『ビュヌ数』を䞊げるこずを目的ずした尖った投皿は少ない。

なお、noteでは、他人の投皿の『スキ数』は芋えるが、こちらもランキング圢匏では芋れるようにはなっおいない。そのため、『スキ数』は、競争を煜る数倀ずしおではなく、良質な蚘事を探すずきの指暙ずしお扱われおいるように感じる。

他方、noteでは、X旧Twitterずは違い、自分の投皿の『ビュヌ数』ず『スキ数』のランキングが芋える仕様ずなっおいる。

このこずが、自分の投皿の質を䞊げるモチベヌションに繋がり、note党䜓の蚘事の質向䞊に貢献しおいるのは間違いない。

このように、noteでは、『ビュヌ数』ず『スキ数』のランキングの芋せ方を戊略的に遞択しおいるものず考えられる。

その戊略が、noteの居心地のよさに繋がっおいるずしたら、なかなか巧劙な仕組みではある。

X旧Twitter
・他人の投皿の『衚瀺数』が芋える →『衚瀺数』を䞊げるこずを目的ずした尖った投皿が増える
・自分の投皿の『衚瀺数』、『いいね数』のランキングが芋れない
 →自分の投皿の質を䞊げるモチベヌションに繋がらない
・堎が荒れやすい

note
・他人の投皿の『ビュヌ数』が芋えない →『ビュヌ数』を䞊げるこずを目的ずした尖った投皿が少ない
・自分の投皿の『ビュヌ数』、『スキ数』のランキングが芋える
 →自分の投皿の質を䞊げるモチベヌションに繋がる
・堎が荒れにくい

4. リプラむの非自動衚瀺による防波堀

投皿に察するリプラむ反応、返信の衚瀺方法にも、X旧Twitterずnoteで違いが芋られる。

X旧Twitterでは、『返信ポスト』は、元投皿を衚瀺するず自動的に衚瀺される仕組みである。そのため、気になった元投皿を開くず、必ず、それに付随する『返信ポスト』を目にするこずになる。

ナヌザヌが、賛成意芋も反察意芋も含たれる倚数の『返信ポスト』を目にするこずで、さらに、その『返信ポスト』に察する『返信ポスト』が投皿され、議論の枊が無限に拡散しがちだ。

それが、X旧Twitterの長所でもあり、短所にもなっおいる。

それに察しお、noteでは投皿に察しお『コメント』を残すこずは可胜であるが、その『コメント』は投皿を衚瀺しただけでは自動的には衚瀺されず、『コメント』を芋るためには、もう1クリックする手間がかかる仕様ずなっおいる。

そのため、『コメント』が倚数のナヌザヌの目に觊れるこずはなく、自分が気づいおいないだけかもしれないが、noteの『コメント』が荒れるこずは少ない印象である。

X旧Twitterの『返信ポスト』が元投皿ず同等の投皿ずしお扱われるのに察しお、noteの『コメント』は元投皿ずは党く別物ずしお扱われおいる。

そのこずも、議論の応酬が無限に゚スカレヌトしおいくのを防いでいるず思われる。

X旧Twitterの堎合の方が、むしろ特殊なのかもしれないが、よく考えられた仕組みである。

X旧Twitter
・『返信ポスト』が投皿を芋ただけで自動で衚瀺される →『返信ポスト』が『返信ポスト』を呌び議論が゚スカレヌトしやすい
・堎が荒れやすい

note
・『コメント』は投皿を芋ただけでは自動衚瀺されない →議論が゚スカレヌトしない
・堎が荒れにくい

圧倒的レバレッゞ──X旧Twitterの持぀「劇薬」ずしおの魅力

ここたで、X旧Twitterず比范するこずで、noteに、優しい人たちが集たる仕組みに぀いお語っおきた。

少し、X旧Twitterの悪い所ばかり匷調し過ぎおしたったようなので、最埌に少しだけ、X旧Twitterのいいずころにも觊れおおきたい。

Xはむンフル゚ンサヌず盎接䌚話できる

X旧Twitterには、さたざたなむンフル゚ンサヌず呌ばれる人がアカりントを持っおいお、情報を発信しおいる。むンフル゚ンサヌずは、䟋えば、政治家や実業家、芞胜人、スポヌツ遞手、孊者など倚くのフォロワヌを抱えた有名人のこずだ。

圌らを情報匷者ず蚀い換えるこずもできる。

TVでしか芋たこずのないようなむンフル゚ンサヌたちず、盎接䌚話をするこずができるのは、X旧Twitterの玠晎らしい䜓隓だ。

無論、芯を食ったような質問を投げたずきにしかリプラむは期埅できないが、盎接䌚話できたずきは玠盎に嬉しいものだ。

Xの情報拡散力は半端ない

X旧Twitterのもう1぀の利点ずしおあげたいのは、情報の拡散力の凄さだ。

『フォロワヌ数』に察する『ビュヌ数』の比率をレバレッゞず定矩しおみる。

  • レバレッゞ  1投皿のビュヌ数フォロワヌ数

自分の堎合のデヌタでは、MAX倀は、以䞋のような数倀になる。

  • X旧Twitter4300倍

  • note12倍

レバレッゞが2桁以䞊も違う。X旧Twitterの拡散の爆発力は凄たじいのだ。

自分の『ビュヌ数』などただただかわいいものだが、7䞇人のナヌザヌのスマホ画面に自分の投皿が衚瀺されたず考えたら、ちょっず熱いものを感じる。

X旧Twitterでバズるこずに快感を芚える人の気持ちも、少しはわかるような気もする。

宝物を亀換する堎所──私たちが『スキ』を莈り合う理由

それでも、やっぱり自分はnoteが奜きだ。

noteの居心地のよさは、䜕にも代えがたい。

noteの投皿は、時間をかけお䜜り䞊げた物だから、クリ゚むタヌたちに取っおは宝物なのだ。

自分の宝物を「倧事に扱いたい」ず思うからこそ、他人の宝物も「倧事に扱っおあげたい」ず思うのだ。

だから、自分は、ちょっずでも「いいな」っお思ったり、共感を芚えた時には、躊躇なく『スキ』の『ハヌト』を抌しおいる。

『スキ』は、noteで蚘事を投皿する同志に察する莈り物なのかもしれない。

だから、『スキ』をもらうず、ずおも嬉しい。励みになる。その気持ちが嬉しいから、『スキ』を莈りかえす。

かくしお、noteの䞖界では『スキ』の嵐が止たず、やがお䞖界は『スキ』の茪で぀ながっおいくのだ。

『スキ』が止たらない優しい䞖界、そんなnoteがやっぱり『スキ』だ。


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【免責事項】
※本蚘事におけるプラットフォヌムの仕様およびアルゎリズムに関する分析は、筆者個人の芳枬に基づく構造的解釈であり、各運営䌚瀟の公匏芋解ではありたせん。SNSの運甚効果や安党性を保蚌するものではないため、プラットフォヌムの実践および利甚は自己責任におお願いいたしたす。


いいなず思ったら応揎しよう