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「なぜできない?」から「どんな条件なら学びやすい?」へ――特別支援教育を一つの事例で考える

先日、小学校の校内研修で、特別支援教育についてお話しする機会をいただきました。

今回、学校からいただいたテーマは三つでした。

  • 特別支援教育の基本的な考え方

  • 通常の学級で行う合理的配慮

  • ユニバーサルデザインの考え方に基づく授業

どれも大切なテーマです。

ただ、この三つを順番に説明していくだけでは、

それぞれ別の知識として残ってしまうような気がしました。

そこで今回は、一人の架空の子どもの事例を、最初から最後まで追いかけることにしました。

この記事でも、実際の研修と同じように進めてみたいと思います。

少しだけ、誌上研修にお付き合いください。



まずは、この子の支援方針を考えてみてください

こんな事例です。

小学○年生のAさんは、明るく話好きで、休み時間には友達とよく遊んでいます。

一方、授業中、課題に取り組む場面になると、急に教室を出てしまうことがあります。

ある日の算数の授業でも、教師が全体説明のあと、

「では、教科書の○ページをやりましょう」

と伝えると、Aさんは席を立ち、そのまま教室を出てしまいました。

教師はAさんを追いかけて廊下に出て、声をかけました。

その間、Aさんの算数の課題への取り組みはいったん止まりました。

こうしたことが、週に何度か見られます。

さて。

あなたなら、Aさんにどんな支援を考えるでしょうか。

少し考えてみてください。(というスタートでした)


「なぜ、その支援を考えたのですか?」

研修では、まず一人で考えていただき、そのあと、グループで共有していただきました。

例えば、

  • 課題を減らす

  • 簡単な課題から始める

  • 最初の一問を一緒にやる

  • 休憩場所を決める

  • 分からない時のサインを決める

  • 教室を出る前に声をかける

といった支援が考えられます。

そこで、もう一つ問いかけました。

「なぜ、その支援を考えたのでしょう?」

もし「課題を減らす」と考えたのであれば、

「課題がAさんにとって負担なのではないか」

と考えたのかもしれません。

「最初の一問を一緒にやる」と考えたのであれば、

「何から始めればよいのか分からないのではないか」

と考えたのかもしれません。

つまり、私たちは支援を考える前に、すでに、

「この子は、なぜ教室を出たのだろう?」

という問いを立てています。

ここが、今回の研修の出発点でした。


「行動には理由がある」

研修先の学校の学校経営方針には、

「一人一人の子どもの行動には、必ず理由がある」

という言葉がありました。

私は、とても大切な視点だと思いました。

「また教室を出た」

「課題から逃げた」

「やる気がない」

と、行動だけを見て判断するのではなく、

その行動の前後に何があったのかを見る。

そのための一つの方法が、ABC分析です。


誌上演習① ABCで整理してみる

ABC分析では、行動を三つに分けます。

A:先行条件

行動の前に何があったか。

B:行動

本人が実際に何をしたか。

C:結果

その行動の後、何が起きたか。

今回のAさんなら、例えばこうなります。

A 先行条件

  • 算数の授業

  • 全体説明のあと

  • 「教科書の○ページをやりましょう」と伝えられた

  • 一人で課題に取り組む場面

B 行動

  • 席を立つ

  • 教室を出る

C 結果

  • 教師が追いかける

  • 教師から声をかけてもらう

  • 算数の課題への取り組みがいったん止まる

実際の研修では、これをABC分析シートに整理しました。

こうして見ると、

「Aさんは逃げ癖がある」

と本人の性格で説明するのではなく、

どんな状況で行動が起き、その結果、本人にとって何が変わったのか

を見ることができます。


同じ「教室を出る」でも、理由は一つとは限らない

行動には、いくつかの機能があると考えます。

大きく整理すると、

  • 逃避

  • 注目

  • 獲得

  • 感覚・自己調整

です。

Aさんの場合であれば、

教室を出ることで算数の課題への取り組みが止まっています。

ですから、

「難しいことから離れたい」という逃避の機能

があるかもしれません。

一方で、

教師が追いかけ、声をかけています。

ですから、

「教師から関わってもらう」という注目の機能

が含まれている可能性もあります。

大切なのは、

「Aさんは逃避です」

と決めつけることではありません。

あくまで、

仮説を立てる。

そして、実際の様子を見ながら確かめる。

それがアセスメントです。


生成AIは、「答え」ではなく仮説を整理するために使う

今回の研修では、ABC分析のあとに、生成AIの活用についても少し紹介しました。

例えば、

この事例をABC分析してください。
行動の機能を複数の仮説で考え、
本人だけでなく環境要因も含めてください。

と入力すると、ABCや行動の機能について、複数の視点を整理してくれます。

ただし、生成AIはAさん本人を見たことがありません。

ですから、AIが出したものは「正解」ではありません。

ケース会議で検討するための仮説や、視点を広げるためのたたき台として使う。

そのくらいの距離感が大切だと思っています。


ところで、「うまくいっている時」は見ていますか?

ここまでなら、

「問題行動が起きた時の分析」

です。

でも、私はここからもう一つ視点を広げたいと考えました。

学校経営方針にあった、

「一人一人の子どもの行動には、必ず理由がある」

という言葉。

それなら、

「うまくいっている行動」にも、理由があるのではないか。

教室を出た時だけを見るのではなく、

教室を出なかった時も見る。

課題に取り組めなかった時だけでなく、

取り組めた時も見る。

そこには、何か違いがあるはずです。


誌上演習② 「問題が起きていない時」を見る

そこで、もう一つ用意したのが、

「うまくいっている場面を分析するシート」

です。

このシートでは、

  • その行動が起きていない時の状況・条件

  • その時、本人はどうしているか

  • うまくいっている条件を増やすための手立て

  • 試した結果・次の一手

を整理します。

例えばAさんに、こんな場面があったとします。

場面1

教師が課題の最初の部分を一緒に確認した時。

→ Aさんは、席に座って取り組み始めた。

では、この状態を増やすには?

最初の一問だけ一緒に確認してから取り組ませる。

場面2

課題量が少ない、あるいは見通しがもてる時。

→ 課題に取り組み続けた。

では?

課題を小分けにし、終わりが見えるようにする。

場面3

図工で、教師が完成例を見せ、活動の流れを短く説明した時。

→ 自分で材料を選び、作業を始めた。

では?

→ 算数でも、

「何をするか」「どこまでやるか」を見える形で示してみる。

実際のシート記入例にも、このような形で整理しています。



同じAさんなのに、なぜ?

ここで、少し立ち止まります。

ある場面では教室を出る。

ある場面では、座って課題に取り組める。

でも、

Aさん自身が別人になったわけではありません。

では、何が違うのでしょう。

ここで、問いを少し変えてみます。

「なぜ、この子はできないのだろう?」

から、

「どのような条件なら、この子は学びやすいのだろう?」

へ。

私は、この問いの変化が、特別支援教育を考える上でとても大切だと思っています。


「子どもの実態把握」だけで終わらない

学校では、

「この子の実態を把握しましょう」

とよく言います。

もちろん、とても大切です。

  • 得意・苦手

  • 理解の仕方

  • 不安や緊張

  • 疲れ

  • 感覚

  • コミュニケーション

こうした本人側の実態を見る。

でも、それだけではありません。

同時に、

  • 課題の量や難しさ

  • 指示の出し方

  • 活動時間

  • 教室の刺激

  • 座席

  • 選択肢

  • 学び方

  • 表し方

  • 周囲との関係

といった、

環境の実態

も見る必要があります。

つまり、

子どもの実態把握 + 環境の実態把握

です。


この考え方を「社会モデル」という

ここで初めて、専門用語を一つ出しました。

障害の社会モデル

です。

困難を、

「本人の中にある問題」

だけとして捉えるのではなく、

本人と環境との関係の中で捉える。

例えば、

「Aさんは一斉指示では理解できない」

と見るだけでなく、

「一斉に聞いて、一度の説明で理解し、そのまま一人で課題を始めるという学校の仕組みが、Aさんにとっては学びにくさになっているのかもしれない」

と考える。

言い換えると、

困難の原因が、子ども自身の問題というより、学校の環境が多様な子ども一人一人を十分に想定してつくられていないために生じている可能性もある

ということです。

すると問いは、

「この子に何ができないのか」

から、

「この環境の中で、何がこの子を困らせているのか」

へ広がります。



学校の「ふつう」は、誰にとっての「ふつう」なのか

学校には、たくさんの「ふつう」があります。

一斉に説明を聞く。

同じ時間に始める。

同じ場所で学ぶ。

同じ課題に取り組む。

書いて表す。

分からなければ、自分から聞く。

周囲と同じペースで動く。

多くの子どもにとっては、こうしたことを特に意識せずにできます。

だから、それが学校の「ふつう」になります。

でも、その「ふつう」は、すべての子どもにとって同じように参加しやすいものなのでしょうか。

ある子にとっては、一斉の説明だけでは分かりにくい。

ある子にとっては、書いて表すことそのものが大きな負担になる。

ある子にとっては、

「困ったら自分から言う」

ということ自体が難しい。

そして、

困っているからといって、必ずしも「困っています」と言えるわけではありません。

「みんなできているのに、自分だけ難しい」と言いにくい。

「できません」と言うのが恥ずかしい。

迷惑をかけたくない。

我慢することが当たり前になっている。

自分でも、何に困っているのか分からないこともあります。

だからこそ、

「本人が言ってきたら配慮する」

だけではなく、

声を上げなくても参加しやすい環境をつくる

という発想が必要になります。


学校や社会は、どうしても「多数派仕様」になりやすい

ここで、研修ではもう少し言葉を足しました。

学校や社会の環境は、どうしても、

多数派の人が参加しやすい形

を基準につくられます。

いわば、

「マジョリティ仕様」

です。

一斉の説明で理解する。

決められた時間の中で終える。

書いて表現する。

困ったら自分から伝える。

多くの子どもにとっては、大きな負担にならない。

だから、その形が標準になります。

でも、その環境が合わない子どもにとっては、

その「ふつう」そのものが、学びにくさや参加しにくさを生み出すことがあります。

困難を、

「この子自身に問題がある」

だけとして捉えるのではなく、

学校の環境とその子との組み合わせによって生じているのではないか

と考えてみる。

ここにも、社会モデルの視点があります。


合理的配慮は、学ぶ機会をできるだけ公平にするための調整

ここから、合理的配慮につながります。

研修資料では、

「必要な子に、必要な調整をする」

と示しました。

でも、その場ではもう少し補足してお話ししました。

合理的配慮について話すと、

「あの子だけ時間が長いのは、ずるい」

「あの子だけタブレットを使っていいの?」

という声が出ることがあります。

でも、少し見方を変えてみます。

多数派の子どもたちは、

特別な努力をしなくても、

学びやすく、参加しやすい環境がすでに用意されています。

一斉の説明で分かる。

決められた時間で取り組める。

紙と鉛筆で表せる。

困ったら、自分から言える。

その環境が自分に合っている側から見ると、

環境そのものを意識することはあまりありません。

一方で、

その環境が合わない子どもは、

同じ授業に参加するために、より大きな努力を求められることがあります。

それでも参加できないこともあります。

そう考えると、

本当に「ずるい」のは、配慮を受ける側なのでしょうか。

むしろ、

特別な努力をしなくても、最初から学びやすく、参加しやすい環境が用意されている側

のことも、少し考えてみる必要があるのかもしれません。

もちろん、誰かを責めたいわけではありません。

大切なのは、

環境によって、最初から学ぶ機会に差が生まれていないか

を見ることです。 


「私のことを、私抜きで決めないで」

そして、合理的配慮を考える時に、もう一つ大切にしたいことがあります。

「私のことを、私抜きで決めないで」

という考え方です。

大人は、つい、

「この子にはこれが必要だろう」

「この方法ならできるだろう」

と、本人のためを思って支援を考えます。

もちろん、それ自体が悪いわけではありません。

でも、

その支援を実際に受けるのは本人です。

「どんな時に困るのか」

「何があると分かりやすいのか」

「どんな助け方なら受け入れやすいのか」

「どんな方法なら自分でもやってみたいと思えるのか」

できるだけ、本人と一緒に考えていく。

それが大切だと思っています。

もちろん、小学生ですから、自分の困り感や必要な支援を十分に言葉にできないこともあります。

だからこそ、

表情や行動を見る。

うまくいっている場面を見る。

いくつかの方法を試しながら、

「これならどう?」

「こっちの方がやりやすい?」

と対話していく。

合理的配慮は、

大人が子どもに「してあげるもの」ではなく、本人と一緒につくっていくもの

として考えたいと思っています。


「全員同じ」は、本当に公平なのか

全員に同じ時間。

全員に同じ量。

全員に同じ方法。

全員に同じ場所。

これは、一見すると公平に見えます。

でも、

「同じにすること=公平」なのでしょうか。

ある方法では学習に参加しにくい子どもがいるのであれば、

その子に合った方法を用意することは、

誰かだけを優遇することではありません。

合理的配慮が目指すのは、

全員を「同じ」にすることではなく、学ぶ機会、参加するチャンスを、できるだけ公平にすること

だと私は考えています。


「将来のために」は、今の参加を奪っていないか

もう一つ、合理的配慮についてよく聞く言葉があります。

「そんな配慮をしていたら、将来困るのではないか」

もちろん、

子どもに力をつけることは大切です。

でも、

いつかできるようになるために、

今、学習に参加できない状態を続けてよいのでしょうか。

私は、そうではないと思います。

ICTを使いながら、必要な書字力も育てる。

休憩しながら、自分の状態を調整する力も育てる。

課題量を調整しながら、少しずつ挑戦を広げる。

ヘルプを使いながら、援助要請の力を育てる。

配慮することと、力を育てることは両立できます。


支援は、本人だけに向けるものではない

もちろん、

環境さえ変えればよい、

という話でもありません。

本人にも、

  • 困ったことを伝える

  • 助けを求める

  • 自分で休憩を調整する

  • 自分に合う方法を選ぶ

といった力を育てていく。

同時に、

環境側も、

  • 課題量を調整する

  • 指示を分かりやすくする

  • 見通しを示す

  • 選択肢を用意する

  • 学び方や表し方を増やす

といった工夫をする。

本人か環境か、どちらか一方ではなく、両方を見る。

ここも大切だと思っています。


でも、その工夫はAさんだけに必要だろうか

さらに、もう一つ問いを進めます。

Aさんにとって、

  • 見通しがある

  • 選択肢がある

  • 分かりやすい説明がある

  • ICTが使える

  • 助けを求めやすい

  • 複数の学び方がある

ことが有効だったとします。

では、

それは本当にAさんだけに役立つものでしょうか。

おそらく、ほかの子にも役立ちます。


個別の支援から、最初から学びやすい授業へ

Aさんだけに授業の見通しを示していた。

それを、

最初から全員に授業の流れを示す。

Aさんだけに課題を選ばせていた。

それを、

授業の中に選べる余地をつくる。

AさんだけICTを使っていた。

それを、

複数の学び方の一つとして位置づける。

Aさんだけが「助けて」と言える仕組みだった。

それを、

誰でも助けを求めやすい教室にする。

こう考えていくと、

個別の合理的配慮から、

ユニバーサルデザイン、そしてUDL――学びのユニバーサルデザイン

へとつながっていきます。



UDLは、「みんな同じ」を前提にしない

UDLの大きな考え方は、

学習者の多様性を「例外」ではなく「前提」にすること

です。

子どもたちは、最初から違います。

文字で理解しやすい子もいれば、図があると分かりやすい子もいる。

一人で考えたい子もいれば、人と話すことで考えが深まる子もいる。

書くことで表しやすい子もいれば、話した方が力を発揮できる子もいる。

だから、

「基本はみんな同じ。難しい子だけあとから支援する」

ではなく、

最初から違いがあることを前提に授業を設計する。

研修では、

学びに向かう方法を複数に

興味、選択、一人で取り組むか誰かと一緒に取り組むか。

分かるための方法を複数に

文字、図、音声、動画、具体物。

表す方法を複数に

書く、話す、図、ICT、動画。

という三つの視点から考えました。

全部を毎時間用意するということではありません。

大切なのは、

学び方を一つに固定しすぎないこと

だと思います。


三つのお題は、実は一つにつながっていた

最初にいただいた三つのお題に戻ります。

特別支援教育の基本的な考え方

子どもだけでなく、環境との関係を見る。

通常の学級における合理的配慮

学校の環境によって生じている学びにくさを調整し、学ぶ機会をできるだけ公平にする。

ユニバーサルデザイン/UDL

多様な子どもがいることを前提に、最初から参加しやすい授業を設計する。

別々のテーマのように見えて、

すべて、

「子どもを変えることだけに支援を向けない」

というところでつながっています。



最後に、もう一度問いを変えてみる

研修の最初は、

「この子は、なぜ教室を出たのだろう?」

という問いから始まりました。

この問いは、とても大切です。

でも、そこで終わらせない。

次に、

「どのような条件なら、この子は学びやすいのだろう?」

と考える。

そしてさらに、

「その条件を、最初からみんなに用意できないだろうか?」

と考えてみる。

私は、この三つの問いの間に、

特別支援教育、

合理的配慮、

そしてUDLが、

一本の線でつながっているように感じています。



「うまくいっている行動」にも、理由がある

今回の研修で、改めて大切にしたいと思ったことがあります。

問題が起きた時、私たちは理由を探します。

それは、とても大切です。

でも同じくらい、

うまくいった時の理由を探してみる。

なぜ今日は教室にいられたのか。

なぜ今日は取り組めたのか。

なぜこの授業では困らなかったのか。

そこには、

その子の力を発揮しやすくしている条件が隠れているかもしれません。

「なぜ、この子はできないのだろう?」

だけではなく、

「どんな条件なら、この子は力を発揮できるのだろう?」

子どもの実態把握と、

環境の実態把握を。

一人の子どもの困り感から、

学校や授業の「ふつう」を見直していく。

そんな特別支援教育を、これからも考えていきたいと思います。

↓特別支援教育について考えていることをまとめました。ご興味がある方は、こちらもご覧いただけると嬉しいです♪


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