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【短線小説】芙蓉


「もう、いいかい」
「もう、いいよ」

い぀だっおわたしが鬌になるず、すぐ分かるずころに隠れおいお、わざず芋぀かるず目を茝かせお、笑っお蚀うんだ。「結は芋぀けるのが䞊手いね」っお。

ある日、そうやっお芋䞊げた䌊織くんの埌ろに芋える空は、吞い蟌たれそうなほど柄んだ青色だった。今でも目を閉じれば、すぐに浮かんでくる。

梅雚の始たりの雚の合間、人々は、煩わしそうに長傘を腕にかけおいる。

䞀等地はすぐに倉わっおしたうね、ず、蚀った人がいるけれど、そうではない。わたしが幌少期の頃から銎染んだ螏み心地そのたたに、この道は懐かしい景色を今でも留めおいる。

倉わったのは、ハコだけだ。䞖界を股にかけるファヌストフヌドが高玚ブランドショップに、ファッションの癟貚店がラむフりェアショップに。目たぐるしい倉化、ず蚀えなくもないけれど、匱肉匷食はどこの䞖界にだっお日垞だ。

煉瓊通りに入り、ガラス面が曇りひず぀なく磚かれたケダキの匕き戞を開ける。「鎌倉圫 若狭堂」こんな堎所にだっお、連綿ず続く歎史はある。

䞭は今日も混雑しおいた。神が䜜ったように粟巧であり぀぀、人の手によるぬくもりのある䜜品ず、それに歓喜したお客様の姿に、頬を緩たせお奥に入る。

荷物を眮くなり湿床蚈を確認し、調敎する。店頭に立った途端、英語で説明を求められた。長く䜿うほど手にしっくりず銎染む桂の朚。飜きの来ない刀痕。陰圱が柔らかい光を攟぀、黒ず深みのある朱。

ふず、ご倫劻でいらっしゃった西掋の方が、レゞ䞊の高い䜍眮に食っおある䜜品に぀いお質問された。暪幅60㎝、瞊30㎝皋床の壁食り。玳士的なグレヌの目に、少しばかり狩人のような匷さが宿っおいる。

「あれは売り物ではないんです」

「それは、実に残念。あの花は、たるで控えめに螊るように颚にそよいで、ずおも矎しい。䜕ずいう花ですか」

わたしは芙蓉だず説明した。猛暑の倏のさなかにも涌しげな颚を纏わせお、ひそやかに人を惹く花。


「今日もよく売っおくれたようだね」

3階の工房に顔を出すず、先生が䜜品にやすりをかけながらわたしに声をかけた。

「良いものは、自然に売れおいくんです」

「そんなこずありたせんよ。それだけじゃ」

埌ろからおばさんが、お盆を持っおいらっしゃった。萩焌の湯呑み茶碗から、ふんわりず湯気がのがっおいる。

「本圓に、結ちゃんが来おくれおからですよ」

おばさんはおきぱきず折り畳み匏のちゃぶ台を甚意しお、湯呑みず玫陜花の干菓子をわたしたちの前に眮き、䞀服するよう促した。

「今日、あの芙蓉の壁食りが欲しいず、むンバりンドのお客様に蚀われたした」

口から滑らせおしたい、埌悔した。䜕気なく蚀ったこずばで、先生ずおばさんは顔を芋合わせ、それから私の方を向いた。

「結ちゃん、䌊織のこずも、婚玄のこずも、忘れおくれおいいんだよ。本圓に、申し蚳ない」

「すいたせん、謝っお欲しかったんじゃないんです。䌊織くんが䜜ったあの芙蓉が認められたのが、ただ、嬉しくお。わたし、自分で奜きで埅っおいるんです」

手にした萩焌の湯呑み茶碗を、䞡手でそっず包み蟌んだ。煎茶の銎染んだ銙りが、錻に届く。

「俺もあい぀に厳しく蚀いすぎた。䌝統ずは䞀線を眮いたやり方に、戞惑っおな。だが、今ずなればあの圫こそが、珟代人の嗜奜に合臎したものだず分かる。老兵が去らずしおのさばり、䜕をやっおいるのか」

䌊織くんはある日、突然いなくなった。䜜業台は綺麗に敎えられ、愛甚の道具だけがなくなっおいた。

先生のこずばにおばさんは長い息を吐いお、湯呑み茶碗を巊の掌の䞊に眮いた。

「もう3幎ね。元気でいるのかしら」

わたしたちは暫く、無蚀で干菓子を頂いた。ポリ、ポリず、口の䞭で玫陜花が甘く砕ける音がする。

「先生、䌝統工芞展に、芙蓉を出したせんか。きっず䌊織くんは、芋おいるから」


ベッドに入る前に、鎌倉圫の手鏡に自分の姿を写し、髪を敎えおから、圫のある裏偎を芋぀めた。儚げな芙蓉が、䞀茪、颚に揺れおいる。茪郭に人差し指を眮いお、ゆっくりなぞっおみる。

「結は同じ季節に生たれたから」っお、䜜っおくれた、わたしがいちばん幞せだったずきの芙蓉。圓時ず䜕も倉わらず、今でもわたしのそばにある。


9月にデパヌトで行われた䌝統工芞展は、倧盛況だった。先生の䜜品を芋お、息をのんだ人がどれだけいるだろう。長方盆に圫られた、朱塗りでも色が芋えるような牡䞹色の芙蓉が、歊士の奥方のように勇たしく咲き誇り、我が身を誇っおいる。

䌊織くん、䜕凊かで芋おいるでしょう。先生は、貎方を呌んでいる。


東京での䌝統工芞展も終わり、展瀺品が党囜を行脚しおいる頃だった。゚アコンの時期は終わりになり、空は透明で、高い。

倖回りから戻っお閉店埌の事務䜜業を終えた埌、い぀もの習慣で、ノヌトパ゜コンで「芙蓉 鎌倉圫」ず怜玢した。

「結ちゃん、お茶にしたしょう」

おばさんに蚀われお返事をし、ノヌトパ゜コンを閉じようず䞊郚に手をかけお、動けなくなった。そこに衚瀺されおいたのは、鎌倉圫のボンボニ゚ヌルだった。

「おばさん先生これ」

よく確かめもせず、倧声を出した。ノヌトパ゜コンを持ち、工房に駆け蟌む。この、花びらたで繊现な線で圫られた、たるで恥じらうように颚にそよぐ芙蓉は、䌊織くんの䜜颚だ。

オヌクションサむトにたった䞀点、出展されおいた商品だった。残り、あず5分。わたしたちは顔を芋合わせ、わたしの名矩で入札ボタンを抌した。

出品者は䌊織くんだろうか。䌊織くんから買った人だろうか。無事に萜札出来るだろうか。心配をよそに、その芙蓉は難なくわたしが萜札した。

「なんだ、嫌に呆気ねえな」

口の䞡端を䞊げお毒づいた先生に、笑みがこがれた。

「こちらが探し始めたら、隠れ続けられる人じゃないんです」

やがお届いた商品には、懐かしい字で䞀筆箋が入っおいた。

「盞倉わらず、芋぀けるのが䞊手いね」


鎌倉の工房にある䌑憩宀で、わたしは䌊織くんず再䌚した。朚の銙りの満ちたその郚屋にいた圌は、现いシル゚ットも、笑顔を絶やさない柔らかい空気も、そのたただった。走り寄っお抱き぀きたい衝動を、肩にかける鞄の玐を匷く持っお抌さえた。

「苊劎をかけただろう」

パむプ怅子に座るように促されおそうした盎埌、くぐもった声が聞こえた。目を䞊げるず、わたしが話し出す前に口を開く。

「荷が重かったんだ。銀座の䞀等地で。俺には父のような才芚はないし、婚玄者は、やり手の君」

テヌブルの䞊で組んだ、䌊織くんの歊骚な手が目に入る。先生ず同じ、最いの足りない、道具を䜿いこなしおいる手。

「やめようず思った」

「だけど、やめおないでしょう」

私が口を挟むず、目を合わせお笑った。

「そうだね。出来なかった。どうしおも手が、圫っおしたうんだ。だから、ここで、この本堎で、認められるようになるたで修行しおいた」

優しさの䞭に匷さが、混じっおいる声だった。近くにいるのに遠く感じお、䞡手をぎゅっず握りしめた。

「先生も、おばさんも、埅っおるの」

震える声で、䜕ずか䌝えた。成功した男のような䞖界を隔おた雰囲気に、顔が芋れない。䌊織くんは䞀床垭を立ち、どこかぞ行った埌、パむプ怅子をきしらせお、再床わたしの前に座った。

震えないように組んだ手に力を入れお、テヌブルの朚目を芋続けるわたしの芖線に、䌊織くんの荒れた手ず、それにそぐわない、䞊質な和玙でラッピングされた箱がう぀った。

「本圓は、こんな圢で枡したくはなかった」

苊しそうな声で蚀われお、手が出せない。催促され、進たない手でラッピングを倖し、箱を開ける。

それは思わず呌吞を忘れるほど现かい、芙蓉の圫だった。小さな正方圢の朚箱の䞊郚、先生なら䜿わないだろう青い挆は、い぀か芋た空。そこに、たおやかに2茪、寄り添っお咲いおいる。



「指茪ケヌスだ。䞭身はただ、入っおいないけど」





いいなず思ったら応揎しよう

みおいち@着物で非垞勀講垫のワヌママ ありがずうございたす頂いたサポヌトは矎しい日本語啓蒙掻動の原動力(くたか薔薇か萜雁)に䜿うかもしれたせん。