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【自著を語る】今上天皇生前退位の先例、光格天皇とは/藤田 覚

傍流の閑院宮家から天皇となり、朝儀・神事の復古再興、御所の復古的造営に尽力した光格天皇。幕府と時に対立しながらも、朝廷や御所の権威を高め、幕末から近代への出発点を切り開いた天皇の生涯を追う『光格天皇』(2018年7月刊)。本書刊行直後の藤田覚先生に、自著について語っていただきました。

◆光格天皇研究の意義

 なぜ千数百年にわたり天皇は存続しているのかという問いとともに、政治的に無力だった江戸時代の天皇がなぜ近代天皇制へ復活を遂げたのかを解き明かすことは日本史研究の重要な課題である。私は、日本近現代の歴史の出発点である明治維新に至る幕末政局のなかで、天皇が政治の焦点となり、近代天皇制へ復活できるだけの強い権威をいかにして身につけたのかに関心がある。

 十八世紀半ば頃、短命の天皇が続いて皇位継承は不安定になり、とうとう生後一〇か月の皇女のみを残して天皇が二二歳で急死する事態を迎えた。当時の公家がこの現実を「近代皇統微々縷(いと)の如し」と表現した。皇統はか細い糸のようだというのは、天皇・朝廷(公家集団)の衰微も表現している。閑院宮(かんいんのみや)という宮家の王子(生母は浪人医師の娘)から前天皇の養子(武家でいえば末期(まつご)養子)になり、か細い糸のような皇統を繋いで今上天皇に至ったのが光格天皇である。きわめて異例の皇位継承だったが、傍系の出自から皇位を嗣いだことを強く意識しつつ、その生涯を通じて朝廷儀礼・神事の再興復古、御所の重要殿舎の復古に邁進した。さらにその死によって天皇号を再興させるなどして天皇・朝廷権威を強め、天皇を江戸幕府からも頼られる存在にまで高めた。その結果、天皇が幕末政治史の焦点になり、近代天皇制を生み出す起点になったと考えている。

◆光格天皇研究への思い入れ

 天皇は、私を含む一般の人びとにとって分からないことだらけの存在である。マスコミに登場する以外、雲居(くもい)の奥深くは日々の暮らしから始まって想像もつかない世界である。日本社会でもっとも権威ある存在であり、また「雲居の奥」的な神秘性を備えた存在である故に、「ありがたい」存在とみなされている。天皇に限らないが、評伝を書くとなると対象への共感や思い入れも必要になる。おもに前述の研究関心から執筆に取り組んだのであるが、「傍系」とか「叩き上げ」に共感を覚える私自身の研究者人生からの「思い入れ」もいくらかある。
 光格天皇は、江戸時代の天皇のほとんどがそうだったのだが、その名を知る人は研究者でも少なかった。それでも、二四年前に刊行された拙著『幕末の天皇』(講談社メチエ。二〇一三年講談社学術文庫)で、光格天皇と孫の孝明(こうめい)天皇を取り上げ、その存在の歴史的意義を幕末政治史のなかで考えてみた。幸いにも、賛否含めて大きな湖に小石を投げ込んだ程度だが波紋をよんだ。あくまでも幕末政治史を考えるために取り上げたので、政治的な事柄以外や伝記的な部分は省かれている。本書では、天皇という存在の本質と関わる、神事の重視、および学問、和歌、音楽などの「芸能」(学芸)についても、それこそ筆者に分かる範囲で詳述してみた。江戸幕府との交渉などになるとかなり分かるのだが、やはり「雲居の奥」のことは難しかったというのが執筆後の感想である。

(『ミネルヴァ通信「究」』2018年10月号)

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