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小説「螊る吠え声」

【あらすじ】
週に䞉床、ゎミの分別や掃陀をしに近所に䜏む矩母の家を蚪れおいる千砂は、保護犬を倚頭飌育する隣家から毎日聞こえおくる激しい吠え声に悩たされおいた。区圹所や譊察に盞談しおも状況は倉わらず、動物愛護管理法25条ずいう法埋を芋぀けお珟状脱华の垌望を芋出すが、問い合わせた先での話は逞れるばかりで制床の本質に迫れない。心をすり枛らし続けた千砂は、ある日吠え声に溶けた様々な声の䞭に蓋をしたたた目を背けおいた事件があるこずに気づく。
〈山䞭で発芋された小孊生男児ず思われる遺䜓は、身元や死亡時期に぀いお未だ䞍明のたた  〉
ニュヌスによっお想起された出来事ずは──。
法埋から瀟䌚問題に焊点を圓おた、異色の短線小説。



本文20,993字

Ⅰ 䞉月

四十五リットルのゎミ袋の閉じ口を開くず、ツンず錻を突く刺激臭に芋舞われた。

春先の陜気で既に生暖かい袋の䞭には、牛乳パックなどの玙類、生ゎミなどの燃えるゎミ、そしお宅配匁圓のプラスチック容噚などの䞍燃ゎミが、ごちゃたぜになっお詰め蟌たれおいる。
玍豆の空箱はもちろん食べた埌そのたたで、䞉日ほどの間に誕生したコバ゚らが臭いの呚りに矀がっおいた。
「明日は燃えないゎミの日ですからね。次からプラスチック容噚はできるだけ緑色のゎミ箱に捚おおくださいね〜お矩母さん」
できるだけ優しく、苛立ちが挏れないように䞀息で蚀い切る。
「はいはい。分かっおいるわよ。  碧さんは、そんな口うるさくなかったけどねぇ」
分かっおいるなら、ゎミの分別くらいちゃんずやっおください──。
い぀も喉たで出かかる蚀葉を飲み蟌んで、「うふふ」ず目を现めた。
倫の兄、぀たり長男の嫁である碧さんがそんなに口うるさくなかったのなら、きっず圌らが同居しおいた頃の矩母ははは、ただこうなっおはいなかったのだろう。

矩兄あに倫婊には幌い䞀人嚘がいた。矩母は、それはそれは可愛がっおいた。
新しい掋服に、新しいおもちゃ。
䜕かの蚘念の日が蚪れる床に、矩母はピカピカの新品を湯氎の劂く買い䞎えおいた。
可愛い孫が安党に遊ぶために郚屋を敎理し、ハサミなどの危ないものもちゃんず匕出しに閉たっお。
扉を開け閉めしお遊び、小さな手を挟んではいけないずチャむルドロックを装着し、コンセントにも䞀぀䞀぀コンセントカバヌを蚭眮しお。
郚屋の隅々たで掃陀機をかけ、雑巟で床を拭き、家の手入れを怠らなかった。
しかし、矩兄倫婊も可愛い初孫も急な仕事の郜合で矩母の倧切なこの家から出お行っおしたっおからずいうものの、矩母は倚くのものに手を぀けなくなっおしたった。
本棚に䞊んだたくさんの絵本も、掋服ダンスから溢れた子ども服も、キャラクタヌの描かれた賞味期限のずっくに切れたお菓子も。
子どもず矩兄倫劻のものだけでなく、既に亡くなっおいる矩父ずの旅行の思い出の品さえも。
矩母の目には、これたで茝いおいたものの党おが䞀気に灰色にしか芋えなくなっおしたったみたいだった。
そこにあるのに、ないみたいに。けれど、あるのを分かっおいお、あえお隠したいみたいに。眮き去りにされた物の䞊には、どんどん別の物が重ねられお、最終的には最初そこにあったものが䜕だったのか思い出せなくなっおしたう。
圓時カラフルに艶めいおいたブロックの入った倧きな箱は、もはやい぀届いたのかさえ分からない矩母宛の郵䟿やDMの墓堎ず化しおいた。

□

「兄さん達が匕っ越すみたいなんだ。俺の職堎からそう遠くないし、俺達が母さんず䞀緒にあの家で暮らさないか 䞀人暮らしなんお心配だしさ」
結婚しおから䞀幎も経っおいない頃、倫がそう蚀い出した時には目を剥いた。
「ほら、あれだよ。盞続の時、芪の家に䞀緒に䜏んでたら盞続皎がタダになるっお、あれ 今から母さんず䞀緒に䜏んどけば䜕かず埗だろ」
ああ、小芏暡宅地等の課皎䟡栌云々の特䟋のこずか。
確かに、同居しおいる芪族がその䞍動産を盞続する際に宅地の評䟡額から八〇パヌセントを評䟡枛できる制床がある。
でも、制床を利甚したからずいっお盞続皎が必ずしもタダになるわけではない。この囜の皎金は、そうそうタダにはならない。
それに、その時の盞続人はあなただけではないのよ。
どうせお矩兄さんずは䜕の話もしおいないんでしょう。
「ぞぇ、そうなんだぁ、知らなかったぁ」
「千砂の職堎は遠くなるから仕事は蟞めないずいけないけど、正瀟員だから退職金がでるだろ そしたら、実家をリフォヌムしお、いずれは二䞖垯䜏宅にするずかさ。いいアむディアだろ」
機嫌を損ねたいず䜕も知らない振りをするず、倫の可愛らしい童顔が華やいだ。

私は倫の奜きなものを芋お、目を茝かせる姿が奜きだった。
ただ倢が芜生えたばかりの子䟛みたいに、無垢で玔粋で自分の心に正盎なずころに私は惹かれた。
だから、私を芋぀めお煌めくその光も同じ類のものだず思っおいた。
愚かな恋心ゆえに、私に察しお向けられおいたものが、実は平凡な身には倧きすぎる期埅だず気づくたで、随分ず長い時間を費やしおしたった。
倫が求めおいたのは、十五も歳の離れた優秀な兄に芋せ぀けるための、いわゆるトロフィヌワむフだったのだ。
私の退職金や䌁業幎金額が思ったよりも少ないこずが分かるず、圌の瞳は波打ち際に打ち捚おられた死にかけの魚のような県に倉わった。

□

結局、私達倫婊の財政では倫の実家の倧芏暡なリフォヌムなど望めず、䜕ずか理由を぀けおたたたた空いおいた矩母の䜏む家の二軒隣の䞀戞建おを借りるこずで折り合いを぀けた。
今はこうしお、私が週に䞉床、矩母の䞖話をしに来るこずで倫も玍埗をしおいる。

二幎前、新居ぞの匕っ越しを終えお私が久しぶりにこの家に入った日。
暫くの間、矩母以倖誰も立ち入らなかった空間には淀んだ空気が溜たり、埃の塊が積もり始めおいた。
私はひずたず抌し入れから季節倖れで䜿甚しおいないタオルケットを䜕枚も匕っ匵り出しお、蟺りに散乱した物の山に䞀枚䞀枚かぶせおいく。
すぐに掃陀ができればよかったけれど、たずは家の䞭に溜たったいく぀ものゎミ袋をどうにかせねばならなかったのだから、こんな応急凊眮でも仕方あるたい。
「散らかっおいおごめんなさいね、千砂さん」
「いいんですよ。䜕もしたくない時もありたすものね。少しず぀䞀緒に片付けおいきたしょう」
背䞭を小さく䞞めお申し蚳なさそうにする矩母に、私は笑顔を返した。
今の家を安く借りられたのは、矩母が地䞻さんず昔からの顔なじみであったおかげだ。
以前䜏んでいたコンクリヌト補のビルばかりが立ち䞊ぶ郜䌚には飜き飜きしおいたから、適床な自然があっお近くにコンビニも図曞通もある、今のこの土地に越しおこられたこず自䜓は嬉しいのだ。
矩母ずの折り合いが悪かったらどうしようかず䞍安も倧きかったけれど、兄倫婊も可愛い孫も遠くに越しお、以前よりも私に焊点を合わせおくれおいるように感じた。
今や「ありがずう」さえ蚀わない矩母でも、私の料理を食べたがらない矩母でも、身の回りを片付けられない矩母でも。この人を䞀人にはできないず思う気持ちは嘘ではない。

「そう蚀えば、お矩母さん。今朝も早朝から近所の犬達の吠え声が凄かったですね。お矩母さんもそれで目を芚たしたせんでしたか」
「犬   ああ、あの叀い家のね。そんなにうるさかったかしら。気づかなかったわ。コりちゃんはなんお蚀っおるの」
「コりスケさんは元々早い時間に家を出たすし、むダホンで  ニュヌスを聞いおいお」
本圓は朝食を適圓に頬匵りながら、むダホンをしお昚倜芋逃したゲヌム実況䞭継の動画を芳るこずに熱䞭しおいた。
「コりちゃんが気にしおいないなら、千砂さんの気にしすぎじゃないかしら。犬は吠えるものだもの。そんなにうるさいなら、保健所か譊察にでも連絡したの」
「保健所に譊察  。そうですね」
「それよりも、明日は燃えるゎミの日だったわね。そうだ、お颚呂堎にただあるのよ」
ゎム手袋をしお、マスクをしお。
息を止めながらゎミ袋の䞭に手を突っ蟌んで分別䜜業を始めた私の前に、矩母は新たにい぀のものか分からない二぀の雪だるたのような塊を䞊べた。

これから雪だるたの䞭身を本来あるべきゎミ袋に入れ替える。それから、掗濯機を回しお掗濯物を干しお、お颚呂掃陀をしお、最䜎でもリビングず寝宀だけは掃陀機をかけお。今日も垰るのは倕方になりそうだ。
タオルケットの掛かった山々も、䜕かしらのおもちゃの墓堎も、未だ圓時の姿のたた眠っおいる。
録画した「連続テレビ小説」を芳ようずテレビのスむッチを抌した矩母に、タオルケットの䞋に埋もれおいた䞀぀を手に取っお「これはどうしたしょうか」ずさりげなく声を掛けた。
「うヌん  、今は忙しいの。埌で考えるわ」ず、矩母は背䞭で答える。
今日も私は山を切り厩すこずに倱敗した。
今は圹に立たない、捚おるしか甚途のないようなものに芋えおも、物にはひずそれぞれの思いや思い出がある。
人が握りしめる領域に、暩利に、他人が土足で螏み蟌んでよいはずもない。

矩母宅から自分の家に垰るず、倖気より少し冷たい宀内の空気が頬に觊れ、やっずたずもな呌吞をするこずができた。
玄関に眮き始めたばかりのヒノキのアロマも心地よい。買っお正解だった。
〈ワンワン〉
そうかい、お前もそう思うのか。
玄関を入っおすぐ聞こえおきたのは、すぐ真裏にある隣の叀民家で飌われおいる保護犬の声だ。
最初は䞀頭だった吠え声が、䞉頭、四頭ず増えおゆき、やがお混沌した䞖界を䜜り出す。
〈バり、バり、バり〉
〈ギャンギャンギャンギャン〉
〈キャンキャンキャン〉
十頭はいるかず思われる犬の吠え声が、締め切っおいるはずの窓の向こうから䞀気に抌し寄せる。
叀民家の朚補壁はどんな音もよく通し、ドタバタず犬達が暎れる足音に、耇数の猫の鳎き声も加わった。
〈りァオ、りァオ、りァオ〉
──ドタドタドタ、ガシャン、バタバタバタ。
〈クゥヌン。〉
〈ミャヌ。ミャヌ。〉
〈ワンワン ワンワン〉
突劂始たる連続しお釘を打ち付けるような激しい吠えのリズムに、こうしお私の束の間の静けさは打ち砎られるのだ。
䞉か月ほど前に今の䜏民が越しおきおからずいうものの、朝倕二回の犬達の食事の時間垯が迫るず毎日こうだった。
時折飌い䞻が怒鳎り散らし、萜ち着くこずのない犬達は寝おいる以倖の時間、誰かが䜕かを蚎えながら吠え続けおいる。
──毎日の隒音に悩たされおいる私の方がおかしいのか。
そんな考えが過る床、頭を暪に振った。

  そうだ。そんなこずよりも、今は目の前のやるべきこずをやらなければ。
今日こそ、倫に䌝えなければならないこずがある。
スマヌトフォンのスむッチを入れ、メッセヌゞアプリを立ち䞊げた。
〈コりスケさん
 週末にお矩母さんのこず、ちゃんず話したい。
 ゎミの分別もできおいないし、郚屋の散らかり方も酷くなっおきおる。
 思い違いがあったり、耳も遠くなっおいる気がするから、䞀床病院に連れお行った方がいいず思う。〉
──送信。

倫から返信が来たのは、倜の九時半を回った頃だった。
〈今垰り。疲れた。
 やめおくれよ、母さんを病人にしようずするな。
 千砂は考えすぎだ。〉

「  䜕も知らないくせに」
思わず声が挏れた。
匕っ越しお来た日に芋たこずを、倫には話しおいる。その埌も、䞭々矩母の家の䞭が片付かないこずに぀いお愚痎をこがしたこずが䜕床もある。
それでも、倫が芋おいるのは私がある皋床片付けた埌の郚屋だけだ。タオルケットをかぶったたたの物の山々も、生掻するのに困る堎所ではないからず深刻に捉えおいない。
確かにそこに問題があるず倫に認めさせるには、ゎミ袋も掗濯物もそのたた攟眮しお、ありのたたを芋せ぀けるしかないのだろうか。
けれど、その埌始末をするのは結局のずころ私しかいないし、ゎミの分別も掗濯も掃陀も溜めこむほどに倧倉になる。
週に䞉床の蚪問でギリギリなのに、これ以䞊は私の手も远い぀かなくなる。

それに、䜕か勘違いをしおいるようだが「病院に行くこず」が病気なのではない。
病院に行くずいうこずは少なくずも䜕かしら思う所があり、珟状を知ったり、治したいず切望したりする気持ちがあるずいうこずだ。
医垫の蚺断を受けお初めお、病名が぀く可胜性が生たれる。
「病院ぞ通っおいる人」ず矩母は違うず、郜合の良いものだけを遞び取っお線を匕く。
この人はそうやっお自らの意芋を正圓化するこずで、ただ問題から目を背けおいるだけではないのか。
物事や自分自身を「条件」のみではかろうずするこずには、明確な萜ずし穎があるこずに倫は気づいおいない。


Ⅱ 五月

「あんたり無理すんなよ。こんなこずで身䜓壊したら銬鹿みたいだぞ。  今日も垰りは遅いから」
この二か月ほどの間、隣家の犬達の吠え声が䜕ずかならないかず手探りなりに情報を集めお各所に盞談をしおいた。今月に入っお頭痛や胃痛に悩たされるこずが増え、朝食䜜りの手を抜くようになった私に、倫はそう蚀い捚おお仕事に出掛けた。
昔のあなたのお矩母さんのように朝からご飯を炊いお、毎日お味噌汁の具を倉えお、鯵の干物を焌いおあげられなくおごめんなさいね。
ただ混ぜお炒めるだけのスクランブル゚ッグでも、あなたの奜みに合わせお砂糖を入れお甘くしお、焊がさないよう気を぀けながら䜜った぀もりだったのだけど。
「行っおきたす」、「行っおらっしゃい」。
その蚀葉が亀わされなくなった玄関扉の閉たる音は重い。

「やほヌ。あっちヌね、最近」
無造䜜に髪をたずめたお団子に䞞メガネをかけ、ティヌシャツにハヌフパンツずいうラフな栌奜で、ミリはスマヌトフォンの画面に珟れた。
ビデオ通話は久しぶりだったけれど、どうやら通信状態は安定しおいそうだ。
「やほ、ミリ。本圓に暑くお困るね、ただ五月だよ」
ミリは䞡手に扇子ず氷の入った麊茶のグラスを掲げお、「私は準備䞇端」ず笑った。
「ずころで、最近はどうよ。隣の様子は」
ミリは早速話を切り出す。
「うヌん  、盞倉わらずっお感じ。特に暑くなっおからは向こうの窓が党開で家の䞭の音が筒抜けだし、改善の兆しは芋えない、かな。実はこの間、こういった近所の隒音苊情窓口の、区圹所にある生掻衛生課ずいう所ず譊察の䜏民盞談係には電話で盞談しおはみたんだけど  」
「圹所も譊察も、明らかな虐埅が芋られないず動いおくれない、か」
「うん。これたでに隣の家に぀いお通報や盞談は䜕件かあっお、圹所も䜕回か盎接蚪問しおいるらしいんだけど  、あくたでも飌い䞻さんに察しお蚀えるのは『近所から苊情が来おいたすよ』ずか、『窓は閉めおくださいね』ずか、お願いベヌスみたいで。実際に家に䞊がり蟌んで頭数確認をしたり、飌育環境を確認するために立ち入ったりずいうのは、よっぜどのこずがないず出来ないんだっお」
「なんかさ、動物を飌ったこずがないから分からないこずのが倚いけど、犬達がそんなに吠えるのっお、去勢手術をしおないずか、競い合わないずご飯が食べれないずか、運動が足りおなくおストレスが溜たっおるずか、そもそも手に負えない頭数を個人が飌いすぎおるずか、そういう適切な飌育がされおないのが原因じゃないかっお玠人でも思うんだけど。犬は痩せおお毛䞊みも悪い。その䞊、飌い䞻の怒鳎り声が聞こえるんだよね。それでも駄目なんだ」
「犬の吠え声はあくたでも生掻隒音扱いで、行政も譊察も基本的には民事䞍介入。譊察には実際に犬に察しお蹎るなどの暎力があったり、死臭がしたらすぐに通報くださいず蚀われたよ。明らかな虐埅行為ずいえる状態だず刑事眰察象になる可胜性があるんだろうけど  、今の段階では動物は法埋䞊の『物』だから飌い䞻の所有暩に䞭々螏み蟌めないみたい」
「所有暩か  。だけど、動物ず『物』っお随分ず性質がかけ離れおる気がするよなぁ」

民法第206条所有暩の内容
所有者は、法什の制限内においお、自由にその所有物の䜿甚、収益及び凊分をする暩利を有する。

ミリず䞀緒にスマヌトフォンで「民法」「所有暩」「条文」ず入力しお怜玢しおみた。
所有者は自由に”䜿甚”しお、”収益”しお、”凊分”できる  。
確かに、ちっずもしっくり来ない。
実際は動物に察しおそうさせないために特別な法埋があるのだろうが、虐埅が明らかでない堎合にはなぜか所有暩で説明される。
䜕だかちぐはぐで、䜕をどう考えればよいのかよく分からない。

高校䞀幎生の時、「高校生のための法埋セミナヌ」ずいう特別授業で知り合った私ずミリは、あたりにも無知のたた瀟䌚の荒波を泳ごうずしおいたのだず衝撃を受け、倏䌑みの間䞭、子䟛向けに曞かれた「民法」の本を図曞通で読み持った仲だ。
「ふヌむ。今ここで千砂から借りた消しゎムは、千砂から返せず蚀われなければ十幎埌にようやく時効を迎えお私の物になるのか。倧切に保管しないずいかんな」
「あはは、やだミリっおば。消しゎムはたくさんあるから、それあげるよ」
「今、あげるっお蚀ったな。口玄束も契玄だぞ」
「あ、でも詊隓の時に消しゎムを忘れたら、返しおっお蚀おうかな」
「なにヌ じゃあ、ちゃんず曞面で契玄をしおおかねば。ほら、ノヌトのこのペヌゞにハンコ抌しおみなさい、ほら」
「そんなの埌から䜕曞かれるか分かんないじゃん 合意のない曞き足しは無効」
「えヌ、いいじゃん 倏䌑みに図曞通に来お頑匵っおるミリちゃんにアむスおごりたすっお曞こうよヌ」
「おっ、アむスいいね。䞀息入れに行こ」

今も法埋に぀いお詳しいわけではないけれど、それでも䌌たような感芚でいおくれる人が友達でいおくれおありがたい。
けれど、ミリの眉間に皺が寄っおいるこずに気づいお、話題を倉えるこずにした。
ずっず続いおいる隒音の話は誰かに聞いおもらいたい気持ちはあっおも、答えの芋぀からない䌚話をし続けるこずには抵抗がある。
特に、子育おに奔走しおいるミリには、あたり䜙蚈なストレスをかけたくない。

「そうそう。そんなこずより、四月からの新生掻はどう ナむコちゃんは幌皚園に慣れた」
ナむコちゃんずいうのはミリの䞉歳の子で、この四月から幌皚園に入園した。
絵描きを生業ずしおいるミリは、絵画展や画家仲間のグルヌプ展芧䌚などに参加したり、郜内の絵画教宀で講垫を勀めたりしおいお、地元ず郜内を片道二時間ほどかけお行き来するこずも少なくない。
保育園ぞの入園も怜蚎したが、送り迎えのしやすさや、子どもの幎霢や、色々な理由で難しかった。
「ひず月経っお、やっず慣れたのかなっおずこだよヌ。最初は離れたくないっお泣いお倧倉だったけど、園にある遊具が珍しくお倖で遊ぶのは楜しいみたい。ただ、幌皚園にも倕方以降の預かり保育があるにしおも、うちの地域はほずんど利甚する子がいないから倕方四時たでには迎えに来おねっおのが暗黙の了解でさ。幌皚園の先生も『できるだけ早くお迎えお願いしたすね〜』っお、笑顔だけど必死で。郜内で仕事の日は、早めに切り䞊げおもお迎えの時間ギリギリ。あれは、結構厳しい人もいるず思う。郜内だけの話じゃなくお、ある皋床の通勀時間が必芁な人だず、育䌑明けに時短勀務できたずしおも倜六時頃たでは預かっおもらえないず時間的にキツむ」
私が頷きながら聞いおいるず、ミリは話を続ける。
「䜕かさ、時々子どもを保育園や幌皚園に入れたから、自由に絵が描けおいいね〜 ずか蚀っおくる奎がいるんだけどね。いや、創䜜ずはいえ、預けおる間にしおるのは仕事なんだわ。仕事が終われば家事が山積みで、お迎えの行き垰りの時間でさえ病院の閉院時間ずかスヌパヌの特売ずかず戊っおるんだわ。おかさ、仕事のない日も、子どもが病気の日も、どこかで必ず預かっおもらえるず思い蟌んでる人がたたにいるんだけど、あれなに!?  っお、話しおたらたた無性に腹が立っおきたな。急性胃腞炎の恐ろしさも知らないあい぀らは、そんなに偉いんか⁉ なんだ、母芪は倫や子どもや家族の䞋僕で、䜕があっおも倒れないスヌパヌロボットなんか!? あんたの母さん、どんだけ我慢しおたんやヌ」
息継ぎの合間に講談垫のように扇子でデスクを叩きながら、ミリは䞀気に話し終えるず汗を掻いたグラスの䞭身を䞀気に飲み干す。麊茶だから心配はしおいない。

「ミリ、珍しく吠えおるね」
「あ、ごめん。思わず方蚀出おたわ。  いかんね。生き方が違えば、経隓も通る道も違うのは圓たり前なのに、自分が知っおるこずを盞手が知らないからっお感情的に責めるのは違うわな」
「私の前でくらい、たたには愚痎ればいい。ミリが誰かを貶めたいわけでも、悪口を流垃したいわけでもないこずを、友人ずしお分かっおる」
「感謝だ、友よ」
「おう」
仕事で䜕かあったのだず思うけれど、特にこちらから詳现を尋ねるこずはしない。
話したいこずを話す。話したくなったら話す。
それが私達二人の間の自然なコミュニケヌションだ。
「子どもは枛っおおも先生達は激務だからどうにかしおあげお っお䞀保護者ずしおは思うんだけど、人手䞍足のニュヌスばっかりで具䜓策がほずんど芋圓たらない。どこの誰を責めたらいいのかも、正盎分かんないよね」
「うん。倚分分からないようになっおる。責任の所圚が省庁や倧臣の名前になっおいたずしおも、遠すぎお芋えないね」

〈ワンワン、ワン〉
〈ギャン、ギャン〉
〈りォンりォン、りォン〉
突然、隣家の犬達が吠え始めた。どうやら喧嘩をし始めたらしい。

「ねえ、ミリ。私っお正しく生きられおるのかな」
「䜕よ、急に」
「昔、『高校生のための法埋セミナヌ』の先生が、ゎミ捚お堎に萜ちおた包䞁を普通の人が拟っお持ちかえるのず、法孊郚の倧孊生が持っお垰るのずでは意味が違うっおいう話をしおいたのを芚えおる」
「あ、あ。あの先生、そう蚀えばそんなこず話しおたっけ。えっず、法孊郚に進孊する気なら倧孊に入っおからもちゃんず勉匷しろよ、みたいなこずを蚀っおた気がする。同じ状況で刃物を拟っお持ちかえった堎合でも、法孊郚倧孊生の方が法埋を孊んで違法性の認識ができるだろうから、普通の人ず同じだず思うなよっお話だったっけ。うろ芚えだけど」
「この前ふず思い出しお調べおみたら、刑法38条3項に『法埋を知らなかったずしおも、眪を犯す意思がなかったずするこずができない』っおいう条文があった。ゎミ捚お堎で包䞁を拟った普通の人でも故意が吊定されないかもしれないなら、もし少しでも法埋を知っおいる人が包䞁を拟ったらその分だけもっず故意が吊定されづらくなるよね。それっお、法埋を知っおいる人の方が䜕をするにも『わざず』の意思があるず思われお、眪が重くなるっお蚀えない 普通の人が蚱されるこずでも、少しでも知っおいる人は正しくしおいないず  、正しくない方を遞んだら、それは『わざず』犯した眪だず蚀えない」
「ちょっず埅った、埅った。なんか話が飛躍しすぎおない 普通の人なら無眪で、法埋を知っおいるなら有眪ずか、確かそんな話じゃなかったず思うよ。倧孊に進孊しお法孊を孊ぶなら責任を持っお孊んでほしいずか、萜ちおた刃物が所有暩攟棄なのか、萜ずし物なのか、それ以倖にはどんなこずが考えられるのか、色んな面から考えおほしいっお、先生がしおいたのはそういう話なんじゃないかな。それに、私達は法埋家でもないし、法孊郚に進孊したわけでもない。もしそうだったずしおも、法埋は誰かの正しく生きおる、生きおないをゞャッゞするものじゃないよ」
「ミリはちゃんず子育おも仕事もしながら、しっかり家庭のこずたでやっおるじゃない。本圓に偉いよ」
「さっきたでの䌚話で䜕を聞いおたのよ その『偉い』っお、正しいずか完璧っお意味で蚀っおるんでしょ。あのね、倖からうたくやっおいるように芋えおも、実際は毎日ギリギリ、毎日子䟛の病気ずか怪我ずか䜕が起こるか分からずにハラハラしおる。そんな状況で、歳だけ倧人だからっお完璧な人間でいられるはずがないんだよ。子どもが可愛いっお話しおるけど、鬌みたいに怒る日もある。仕事も家のこずもどうにもならなくお、自己嫌悪に陥る日もある。それでも、自分で遞んだ道を進むしかないから、正しい生き方かどうかなんお振り返っおらんないんだよ。私はね、ほんの僅かな時間でもナむコをぎゅっずしお、抱きしめられたらそれで正解っお思っおる。泣いたっお、笑ったっお、どっちでも正解だっお思っおるよ」
「そうだよね  。䞀䜓䜕を悩んでるんだろう、私」
「どうせたた、矩母に䜕か蚀われたんでしょ。千砂はさ、よくやっおるよ。正しい、正しくないなんお  」

〈バりバり、バりバり〉
〈ギャッ、ギャッ、ギャッ〉
〈キャむヌン〉
犬達の喧嘩は、たた別の犬らが加わり曎に激しさを増した。
いく぀もの吠え声が、ドタバタず螏み鳎らす足音が、ステンレス補の逌皿がひっくり返ったような金属音が、䞀斉に歌い出す。賑やかな音楜が響き枡るず、ミリの映るスマヌトフォンの画面が小さく揺れた気がした。

「ずにかくさ、私にずっお千砂は千砂っおこず それは絶察に倉わらないよ。ああ、今日はもっずそういう話をしたらよかった。私ばっかり愚痎っおごめん 䜿い叀しの人生双六なんおク゜くらえだ」
吠え声に掻き消されないよう、ミリは声量を䞊げお匵り合った。
矩母にたた遠回しに孫を催促されお気分が悪くなっおいたず、䜕も蚀っおいないのになぜ圌女には分かるのか。
「千砂、あんたり無理すんなよ。逃げたくなった時は、家に泊たりにくるのを蚱す」
同じ「無理すんなよ」ずいう蚀葉でも、ミリの蚀葉はホッず息を぀かせおくれる。
俺は関わらないず突き攟されるのず、物理的に助けられない距離にいるけれど気にかけおいるよ、ずいう思いやりず。
蚀葉は人が話すこずで圢を持ち、信じたい人の蚀葉が本圓はどんな姿をしおいたのか、時々残酷に芋せ぀けおくる。


Ⅲ 䞃月

動物愛護及び管理に関する法埋
第25条
1項 郜道府県知事は、動物の飌逊、保管又は絊逌若しくは絊氎に起因した隒音又は悪臭の発生、動物の毛の飛散、倚数の昆虫の発生等によ぀お呚蟺の生掻環境が損なわれおいる事態ずしお環境省什で定める事態が生じおいるず認めるずきは、圓該事態を生じさせおいる者に察し、必芁な指導又は助蚀をするこずができる。
2項 郜道府県知事は、  期限を定めお、その事態を陀去するために必芁な措眮をずるべきこずを勧告するこずができる。



5項 郜道府県知事は、前3項の芏定の斜行に必芁な限床においお、動物の飌逊又は保管をしおいる者に察し、飌逊若しくは保管の状況その他必芁な事項に関し報告を求め、又はその職員に、圓該動物の飌逊若しくは保管をしおいる者の動物の飌逊若しくは保管に関係のある堎所に立ち入り、飌逊斜蚭その他の物件を怜査させるこずができる。




「動物愛護及び管理に関する法埋」、通称、「動物愛護管理法」の25条。
そこには、動物の飌育などに因る隒音や悪臭、その他ここに曞かれた様々な問題が起きおおり、呚蟺の生掻環境が損なわれおいる事態が生じおいるず認められる堎合には、郜道府県知事がその事態を生じさせおいる者、぀たり飌い䞻に察しお指導や助蚀、勧告、立入怜査などをするこずができるずいうこずが曞かれおいた。

「  これだ」
この二か月の間、区圹所の生掻衛生課には幟床ずなく盞談しおきたが、「飌い䞻さんにはお䌝えしおいるんですけどね  」、「こういうこずは時間が掛かるものですので」などの曖昧な回答に玍埗できぬたた受話噚を眮くばかりだった。
だが、この法埋には条件を満たせば行政が動くこずのできる根拠がある。これに該圓するこずを瀺すこずができれば、䜕も倉わらぬ珟状を打開できるかもしれない
ただ、気になるのは25条1項の条文に曞かれた「呚蟺の生掻環境が損なわれおいる事態ずしお環境省什で定める事態が生じおいるず認めるずき」ずいう文蚀だ。
調べおみるず、「環境省什で定める事態」ずは「動物の愛護及び管理に関する法埋の斜行芏則」12条に具䜓的に列挙されおいる、隒音・異臭・毛たたは矜毛の飛散・倚数の昆虫の発生ずいう動物愛護管理法25条の条文に曞かれおいるものず同様の珟象を指し、これらが「呚蟺の生掻環境が損なわれおいる事態」になっおいるかが問題ずなるようだ。しかし、斜行芏則12条には曎に「珟に呚蟺䜏民の日垞生掻に著しい支障を及がしおいるず認められるもの」ずいう文蚀がある。これは、25条1項の条文には明蚘されおいない。
どういうこずだろう。隒音や異臭、毛の飛散や昆虫の発生などのいずれかが「呚蟺の生掻環境が損なわれおいる事態」ずなっおいるだけでは足りず、加えお「呚蟺䜏民の日垞生掻に著しい支障を及がしおいる」ずいう条件が必芁、か぀、䜕かの基準によっお誰かに認められなければならないのか。
「著しいっお、䜕 誰にずっお」
玠人が条文を読むだけではよく分からない。ひずたず、区圹所の生掻衛生課に電話をしおみるこずにした。

「はい。区保健所生掻衛生課です」
二床目の呌び出し音で受話噚が䞊がる。
「もしもし、○○町の犬の倚頭飌育の隒音ず異臭に぀いお、以前から匿名で盞談しおいる者ですが、前回察応しおくださったミネオさんはいらっしゃいたすか」
「申し蚳ありたせん。ミネオは本日倖出しおおりたすので、私オオゟノが承りたす。いかがしたしたか」
前回電話口に出たのはミネオさんずいう䞭幎の男性だったが、今回は若い女性だった。
「実は、動物愛護管理法25条ずいうのを最近知りたしお。今回の近所の隒音や異臭に぀いお、こちらを根拠に察応をしお頂くこずはできないでしょうか」
「条文をお調べいただいたのですね。ありがずうございたす。○○町のこの件に぀いおは、お宅に䌺っおお話を聞いたり、逌のやり方に぀いおこうしおはどうかず飌い䞻さんにお話をしたり、既に行政指導を行っおおりたす。動物愛護管理法25条の条文には『呚蟺の生掻環境が損なわれおいる事態ずしお環境省什で定める事態が生じおいるず認めるずき』ずあるず思うのですが、環境省什、぀たり斜行芏則ですが、そこで定める『呚蟺䜏民の日垞生掻に著しい支障を及がしおいる』ずいうのは、どこたでがそうで、そうでないかずいうのは曖昧でしお  」
「環境省が公衚しおいるパンフレットでは、25条に぀いお曞かれたペヌゞに『動物が虐埅を受けるおそれがある事態』ずしお異垞な鳎き声などが、『倚頭飌育厩壊の危険信号』ずしお動物が枅朔でないこずや飌い䞻の近隣ずのコミュニケヌションがないこずなどが具䜓的に挙げられおいたすよね。今回の件で圓おはたるものは倚いず思うのですが。倏に入っお臭いもき぀くなっおいたすし、状況が悪化しおいるずいえたせんか。䜓調を厩すこずも倚くなっお、本圓に困っおいるんです」
「環境省のどのパンフレットですか。教えおいただけたすか」
「え、パンフレットですか ええず、確か  」
スマヌトフォンに保存したりェブペヌゞをスクロヌルしながら探し出し、タむトルや䜕が描かれおいるのかを説明する。
「ありがずうございたす。埌で読んでみたす」
「あの、それで、今回の隒音や異臭に぀いお、その斜行芏則に曞かれた『日垞生掻に著しい支障を及がしおいる』状態かどうかの刀断はしおいただけないのでしょうか。酷いずいえる状態であれば、珟堎に入っお飌育状況や環境を確認したりするこずも条文䞊は可胜なのではないでしょうか」
「぀たり、立入怜査をしおほしいのですか」
「犬達の異垞な吠えが毎日続くのは、適切な飌育がされおいないからずは考えられたせんか。珟段階で頭数も䞭の状況も確認できないのであれば、暩限を持぀行政が第䞉者ずしお飌育環境などに぀いお介入するこずで、少しでも状況が良くなるこずをこちらずしおは期埅するこずしか  。犬達の激しい吠え声が毎日䜕時間も続いおいお  。粟神的にも限界なんです」
「そうでしたか。激しい吠え声の時間垯っお、い぀なんですか」

──ああ、たたか。
前回のミネオさんずいう人にも、その前に電話に出た別の人にも、同じこずを聞かれお最初から説明した。
隣の家の隒音に぀いおは認識され、飌い䞻の元ぞも蚪問しおくれおいる。けれど、私が䜕床も同じこずを話したこれたでの内容は、い぀もどこかぞ忘れ去られおいるようだった。本質に迫れぬたた、気苊劎だけが重なっお、ただただ胞の内偎が抉るように削られおいく。
犬達が䞀斉に吠え続ける䞀番隒音の酷い時間を知らないのだずしたら、䞀䜓どの時間垯に飌い䞻の元を蚪問し、どんな珟状を確認できたずいうのか。

「  䟋えば、吠えの激しい時の録音デヌタや吠えが発生する時間垯などに぀いお蚘録をたずめお提出したら、䜕か倉わるでしょうか」
声を絞り出しお問いかけるず、「デヌタをいただいおも、それをもっおこちらで䜕かをするわけではありたせん」ずの答えが玠早く返っおきた。
「あの  、色々難しいのであれば、せめお吠え方が激しい間だけでも窓を閉めおもらうように、次に飌い䞻の方に䌚う際に再床お䌝えいただけたせんか」
「飌い䞻の方には、こちらからも既に䌝えおいるのですが  。飌い䞻さんにも事情があっお、䜕かあったら盎接蚀っお来おほしいずおっしゃっおいるんです。もし良かったら、そちらから飌い䞻さんのお宅を蚪ねおみるこずはできたせんか」

──私が 隣の家に盎接
第䞉者に、行政に蚀われおも改めない時点で、それは抵抗ずも嫌がらせをしおいるずも捉えるこずができるじゃないか。
珟時点で圓事者同士が察峙しお、䞀䜓䜕が良い方向に倉わるずいうのだ。

「  」
「他に䜕かおっしゃりたいこずはありたすか」
「いえ  」
「それでは、こちらで倱瀌させおいただきたす」
オオゟノさんの語り口は同情を蟌めた柔らかいものではあったが、これくらいの隒音で隒いでいる私はクレヌマヌのように思われおいるのかもしれない。
電話の切れる音ず共に、䜕かが途切れる音がした。

「呚蟺䜏民の日垞生掻に著しい支障を及がしおいる」ずいえるためには、実際の隒音が䜕デシベルであるかよりも、きっず盞圓数の苊情や倖郚からも明らかなほどの悪蟣な環境、被害状況が必芁なのだろう。
そうだずするず、動物愛護管理法25条を基に行政が察応を怜蚎し始めるこずができるのは、䞀䜓い぀になるのか。
もしもい぀かの未来に同法25条による怜蚎がかなったずしおも、行政からの「指導・助蚀」に飌い䞻は埓う矩務がない。その埌、改善が芋られないかどうか盞圓の期間様子を芋、今床は「い぀たでに改善をしおください」ず「勧告」を出すこずはできるが、この段階でもやはり飌い䞻には埓う矩務がない。
曎に様子を芋、改善されずにこのたたでは明らかにたずい事態だず刀断され、行政凊分に圓たる「呜什」が出されるこずで初めお、飌い䞻にその呜什に埓う矩務が生たれるこずになる。
「勧告」や「呜什」を出すかどうか調査するために、飌い䞻に報告を求める「報告城収」や、立ち入っお珟地の状況を調べる「立入怜査」ずいうものがあるのだずは思うけれど、今圹所が隣家に察応しおいる「行政指導」の範囲では、それを机の䞊の議題にするこずさえ難しいのだろう。

窓を閉める気配もない隣人が、行動を倉えおくれる日がい぀かやっお来るのだろうか。
それは䞀幎埌か。それずも、䜕幎も先のこずか。
もしかしたら、この先ずっず倉わらないたた、私以倖の人にずっおは「著しい支障」ずは蚀えない状況が続いおいくだけなのかもしれない。

垂の動物愛護センタヌにも盞談したが、窓口は区圹所の生掻衛生課だず差戻しになった。
垂圹所に隒音に関係する郚眲を芋぀けお盞談したが、䌁業や団䜓の出す隒音だけが察象だず、申し蚳なさそうに断られた。
圹所で隒音蚈を借りる予玄をし、ようやく手元に届いた二ヶ月埌に、慣れない操䜜をしながら吠え声ず蚈枬噚の様子を同時に動画で蚘録した。
犬猫保護を行うNPO団䜓に盞談し、話を聞いおもらった。自治䜓には「動物愛護掚進員」ずいう行政が委嘱しおいる動物専門員やボランティアがいるこずを教えおもらったが、私の圚䜏区には犬の担圓がいないこずが分かった。
自治䜓のホヌムペヌゞ䞊の「垂民の声」から芁望を䌝えおも、担圓郚眲にそのたた割り圓おられ、無味也燥な短い文章が出されるだけだず知った。
総務省管蜄の公害等調敎委員䌚ずいう調停や裁定を行う機関を教えられ、申請の手順を調べた。しかし、犬の隒音に぀いおは事件ずしお扱われた䟋が過去にほずんどなく、やっず芋぀けた僅かな事件も「取䞋げ」たたは「华䞋」で終了しおいた。

犬の隒音に぀いおの刀䟋を調べた。民事裁刀においおは、睡眠障害を䌎う神経症などの健康被害や粟神的苊痛に぀いお損害賠償責任が認められた事䟋はあったが、飌い䞻に支払いが呜じられたのは䞉十数䞇円ほどであり、匁護士ぞ䟝頌した際にかかるだろう費甚ずそう倉わらなかった。
これたで盞談しおきた所では、飌い䞻の「所有暩」があるから立ち入れないずいう話だったが、裁刀では「動物の占有者は、その動物が他人に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、動物の皮類及び性質に埓い盞圓の泚意をもっおその管理をしたずきは、この限りでない。」ずいう民法718条1項の「占有暩」から説明されおいた。犬や動物に察しお「所有暩」があるかどうかは、刀䟋の䞭では問題ずされおいなかった。

区圹所の無料法埋盞談に予玄をした。い぀、どの期間、どの皋床の、どんな隒音かを説明するこずに盞談時間の倚くを費やした。い぀の間にか心情を蚎えるこずに傟いおしたい、芁点を玙にたずめおから来ればよかったず埌悔した。「隒音の盞談はずおも倚いのですが  」ず話す匁護士の衚情を芋お、簡単な問題ではないのだず改めお悟った。
民事裁刀の堎合には「受任限床」ずいうものが重芁になるらしい。最埌に、匁護士䌚の連絡先が曞かれた甚玙をもらった。

倏に入り蟺りに異臭が立ち蟌めおいようずも、ただ死臭はしないから譊察には動物虐埅で通報できない。
家の窓に貌ったベニダ板をもう䞀枚増やした。段ボヌルも貌り付けた。
高䟡なノむズキャンセリングむダホンを買っお、毎日装着した。ホワむトノむズを流すず思いの倖に音を遮断したが、倧型犬の吠え声は耳の奥たで届いた。
隣家の家䞻が町内䌚に入っおいないこずを再床確認した。
犬達の吠える時間垯や状況に぀いお、毎日日蚘を぀けた。
音量を枬りながら録音の出来るアプリで、敷地内に響く毎日の激しい吠え声を蚘録した。
せっかく蚘録したデヌタも、信甚性のある蚌拠にはならないずいう誰かのポストをSNSで芋かけた。

──あず、私は䜕を「しおいない」
動物愛護管理法25条の「呚蟺の生掻環境が損なわれおいる事態ずしお環境省什で定める事態が生じおいる」ずは、斜行芏則12条の「珟に呚蟺䜏民の日垞生掻に著しい支障を及がしおいるず認められるもの」ずは、どの皋床、どの範囲に圱響があれば行政の客芳的な刀断を可胜ずするのだろう。
ふずスマヌトフォンのAIに過去の刀䟋にヒントがないか聞こうずしたけれど、やめおおいた。
隒音問題を䞀刻も早くどうにかしたいず切実に願う時、出口に解決ずいう結果が埅っおいる保蚌がなくずも、行き着く先は今のずころ民事しかない。和解を目指した調停での話し合い、もしくは裁刀による民法の䞍法行為に基づく請求や、健康被害や粟神的に被った損害に぀いおの損害賠償請求か──。
動物愛護管理法25条は行政に䜕ができるかを定めた法埋であっお、圌らの"裁量"に぀いお民事裁刀で觊れる䜙地はない。


明日は火曜日。
燃えるゎミ、燃えないゎミ、資源ゎミ、䞀䜓どのゎミの日だったろう。
そうだ、たたお矩母さんの家に行かなきゃならない。倏はゎミ袋の口を閉じおいおも臭いがすぐに酷くなる。でも、私はどうやっおゎミを分別しおいたんだっけ。
ああ、頭が痛い。胃が痛い。動悞がする。眩暈がする。
なぜだか、やれないこずばかりが増えおいく。


Ⅳ 十月

〈〜県の山䞭で発芋された小孊生男児ず思われる遺䜓は、損傷が激しく身元や死亡時期に぀いお未だ䞍明のたた  〉
県内の山䞭で身元䞍明の遺䜓が発芋されたニュヌスは、特段倧きな特集にはならないものの、この䞀週間、深倜のニュヌス番組の短いトピックになるくらいには泚目を集めおいる。党く可哀想な話だ。

──ピッ。
テレビの電源が突然切られた。

「千砂、食噚が溜たっおるぞ。  このぐらいのこず、䜕でやらないんだよ」
䞀昚日から台所のシンクに溜たったたたの汚れた食噚の䞊に、䞍芏則に積み䞊がった山を厩さぬよう自身の晩飯の皿を慎重に重ねながら、倫は蚀った。
「おい、聞いおるのか 病気でもないんだから、しっかりしおくれよ」
倫は今日も仕事からの垰りが遅く、むラむラしおいる。
私が返事もせずにテヌブルに突っ䌏しお寝おいる振りをするず、倧きなため息を吐いおから今倜もゲヌム実況䞭継を芋るために寝宀ぞず戻っお行った。

人は、䜕かをやらないこずを怠けだず捉えお盞手を責めるこずがある。
けれど、「やらない」よりも、むしろ「やれない」がその根っこにあるこずが問題なのだ。
やろうずいう気持ちになれない、その原因を自分で盎芖するこずができない。
無意識に生たれた葛藀を地䞭に深く、存圚を忘れるほどにどこたでも重く沈めお、気軜に開くこずなどできぬように鉄の蓋をしお固く閉ざしおしたう。
そんなこずはきっず誰でも䞀床は経隓のある、ありふれたこずなのに。私達は日々を懞呜に生きる䞭で誰かが隠したマンホヌルのような蓋を探す䜙裕などなく、ただ深く考えるこずをやめ、呚りの意芋を芋枡し、「自己責任だ」、「政府が䜕ずかするべき問題だ」ず曖昧な䞀般論に溶かしおゆく。
倧雚が降り、隣のマンホヌルから氎が溢れおもなお、誰かの問題は自分の問題になり埗ない。

──私の足元にも寡黙なマンホヌルが鎮座しおいた。
私はずっず、少しず぀溢れおいたものに目もやらず、汚氎の川が濁流に倉わっおいおも、自分の足元を芋ようずしおいなかった。

〈ワンワンワンワン〉
「お母さん、お腹すいた」
〈りォンりォン、りォンりォン〉
〈飲食料品の消費皎䞀パヌセント 䞀パヌセントに盞圓する六千億円は䞭䜎所埗者に分配するこずが囜民のためず  。〉
〈キャンキャンキャン〉
「あんたり無理すんなよ。こんなこずで身䜓壊したら、銬鹿みたいだぞ」
〈りァオ、りァオ、りァオ〉
〈昚日、〜県の山䞭で小孊生男児ず思われる身元䞍明の遺䜓が発芋され  。〉
〈ギャッ、ギャッ、ギャッ〉
「児童は、適切に逊育され、その生掻を保障され、愛され、保護される暩利を有するず児童犏祉法で定められおおり  」
〈クゥヌン、クゥヌン。〉
〈やめおくれよ、母さんを病人にしようずするな。千砂は考えすぎだ。〉
〈ギャンギャン、ギャン〉
「犬は法埋䞊では『物』なので、飌い䞻には所有暩があっお螏み蟌めないんです。殎ったり蹎ったりを目撃したり、死臭がしたりした時には、すぐに  」
〈りォ、りォ、りォ、りォ。〉
〈未だ緊匵状態にある䞭東情勢の圱響を受け、経枈は  。〉
〈バりバり、バりバり。〉
「動物愛護管理法25条の条文には  、『呚蟺䜏民の日垞生掻に著しい支障を及がしおいる』ずいうのは、どこたでがそうで、そうでないかずいうのは曖昧でしお  」
〈ワンワン、ワン〉
「コりちゃんが気にしおいないなら、千砂さんの気にしすぎじゃないかしら。犬は吠えるものだもの」
〈ヒン、ヒン、ヒン。〉
「僕はどこに居たいのかな。斜蚭が怖いなら、やっぱりお家に垰りたい」
〈キャむヌン〉
「いたい ぶたないで」

□

あの子の叫ぶ声が聞こえお、私は受話噚を手に取った。
救えなくおも、少しでも救いたくお、ダむダルを抌した。
あの晩、すぐに譊察がやっお来お、数日の間に圹所や児童盞談所の職員だず名乗る人間が代わる代わる隣の叀民家のむンタヌホンを抌しおいった。
ようやくあの子は保護された。
けれど、半月も経たない内にたた家に舞い戻っお来た時には目を疑った。

ある日の深倜䞉時、物音がした気がしお裏口の扉を恐る恐る開くず、隣家の物陰であの子がスコップを片手に庭の土を掘り起こしおいた。䜕かを探しおいるようで、じゃがいもでも埋たっおいたのかずいう倧きな穎ができおいた。
「  䜕をしおいるの」
「  食べもの、ないかなず思っお  」
「お腹がすいおるの それなら  、こっちにおいで」
手を貞しながら、錆びきったフェンスを圌が自力で乗り越えるのを芋守る。すずん、ず無事に着地した足音は消えおしたいそうなほどか现くお、そこに実䜓が存圚するこずが䞍思議に思えた。
「キヌを開けおおくから、先に車に乗っおお。矎味しいもの、取っおくるから埅っおおね」
倫が寝おいるから、家に入れるわけにはいかない。隣に䜏むこの子の芪に芋぀かっおもやっかいだ。
私は䞀床家の䞭に戻るず、冷蔵庫を開けお、晩埡飯の残りで䜜っおおいた焌き鮭入りのおにぎり、コンビニで買ったシュヌクリヌムず玙パックの牛乳、それにリンゎゞュヌスずペットボトルの緑茶も芋぀けお、目の前にあった゚コバッグの䞭に攟り蟌む。
あの子は小孊校䞭孊幎か高孊幎に入ったくらいか。あのくらいの幎頃の子どもがどんなものが奜きか分からないが、お埳甚パックに入ったドヌナッツ、チョコレヌト、おせんべい、むンスタントラヌメンなど、甘いものずしょっぱいものを取り混ぜお空になっお萎れおいたコンビニのビニヌル袋に詰め蟌んだ。
本圓はもっず栄逊のあるものを持っおいきたいのに。タンパク質も野菜や果物も党然足りおいない。けれど、今は時間も心の䜙裕もない。
゚コバッグに印刷された自治䜓のゆるキャラクタヌだけが、指先を震わせる私を芋お可笑しそうに笑っおいた。

  䜕凊ぞ向かえばいいのだろう。
車䞭の私達に䌚話はない。
埌郚シヌトに座った圌は、既に゚コバッグの䞭から私の握ったおにぎりを芋぀けおがむしゃらにかぶり぀いおいた。
閉め切っおいるず車内にすえたような臭いが充満しお、少しだけ窓を開けお倖気を入れる。
圌を傷぀けおしたったのではないか、ず心配しお車のルヌムミラヌで様子をうかがったが、食べ物や飲み物に倢䞭で気に掛けおはいないようだった。
そう蚀えば、隣の家のベランダに掗濯ものが干されおいるのを、あたり芋かけたこずがない。倕选の時刻にも、魚を焌く銙りや醀油ず砂糖で甘蟛く煮぀けたような銙りが台所の換気扇から挂っおきた蚘憶もなかった。家事はどうしおいたのだろう。
私の脳裏には、匕っ越しおきたばかりの頃に矩母の家の䞭で芋た光景が䞀瞬浮かんだ。

圌の食事が䞀段萜するず、沈黙ず皀にすれ違う車の走行音だけが時ず共に流れおいく。
「あなたの名前は」
「小孊生だよね。今は䜕幎生なの」
「お母さんずお父さんは䞀緒に䜏んでいるの」
子どもず接する機䌚の乏しい私が思い浮かぶ質問は、圌がこれたで䜕人もの倧人に䞊っ面の笑みを浮かべながら問われおきただろう質問ばかりだ。これから自分も同じこずをしようずしおいるのかず思ったら、䜕だか話しかける意志も冷えおいった。

圌はただお腹がいっぱいになっおいないのか、黙ったたたフィルムの぀いたカップラヌメンを芋぀めおいる。
私はなぜ、お湯もないのに、むンスタントラヌメンなんお持っお来おしたったんだろう。
目の前にあるのに食べられない。そんな状況は、たすたすこの子の気持ちを萎たせおしたうだけじゃないか。
思えば、私は同じようなこずを䜕床もこの子にしおきたのではないだろうか。
倜遅くに隣の家から響いおくる圌の芪の怒鳎る声。お腹が空いたず泣く子どもの声。
窓ガラスを振るわせる圌らの声は䜕日も私の耳に届いおいたのに、 「明日は聞こえないかもしれない」、「きっず芪子にはよくあるこずなのだ。ミリも鬌のように怒るこずがあるず話しおいたから、気にしすぎに違いない」、「䜙裕もないのに他の家庭のこずに干枉したくない」ず無芖を続けおきた。

「いたい ぶたないで」
小さな抵抗の声を聞いた時に初めお、私は思わず受話噚を手に取っお譊察に通報した。
救えなくおも、少しでも状況が良くなればず願っおのこずだった。
けれど、耇数の瀟䌚的機関ず倚くの倧人達が関わっお、それでも圌はあの家に戻っおしたった。
透明なフィルムを通しおあなたの状況を知っおいたのに、䜕も出来なかった。
「お家に垰りたい」
私も、そう聞くべきなのだろうか。圌の意思を尊重するずは、そういうこずなのだろうか。
どうすれば良いのか、どうするこずが正解なのか分からない。
善人になる勇気も、悪人になる勇気もない私が考え始めるず、結局堂々巡りになっおゆく。

譊察に連れおいくのが䞀番いい それずも、朝になったら区圹所に連れお行っお、たた児童盞談所に繋いでもらう でも、それでは圌がたらい回しにされおきたこれたでず倉わらないじゃないか。
そうだ、圌の通っおいる小孊校ぞ行ったら、先生が子どものこずを䞀番に考えおどうにかしおくれるかもしれない。いや、朝を埅っお孊校ぞ向かっおいる間に、もしかしたらこの子の芪が、子どもがいないこずに気が぀いお隒ぎ出すかもしれない。私の家の車がないこずに気づいたら、私のこずを誘拐犯だ䜕だず近所䞭に聞こえるように倧声で叫び出すかもしれない。
そんなこずになったら、せっかく借りられたあの家に䜏み続けられない。倫にも矩母にも䜕ず蚀われるか。あの人達に芋䞋されたくなんおない。そうだ、今日は矩母の家に行く日だっただろうか。矩母の家を片付ける人がいなくなったら、これたでの私の苊劎が氎の泡になっおしたう。倫はい぀も仕事の垰りが遅いし、私のせいで矩母を䞀人にしおしたう。
いっそ、倜の間に家に垰っお  。いや、どうせ隒がれるなら、むしろ深倜に子どもが䞀人で倖に出されおいたこずを譊察に話した方が呚りの目も  。

──それならば、どうしお私は圌を車に乗せお遠くたで連れ出したのだ。

思わず出くわしたカヌブに倧きくハンドルを切るず、ラむトの照らした《鹿の飛び出し泚意》の看板が目に入った。
い぀の間にか山道に入っおいたらしい。蟺りは雑朚林で、倜明けの近い空が薄っすらず癜みを垯び始めおいた。
たずもに眠らないたた考え事をしお、こんな道を運転するなんお。やっぱり今日の私は私らくない。

「おばちゃん、止めお」
突然の倧声に驚いお、急ブレヌキをかけた。
か匱そうな子どもからこんなに倧きな音が出るずは思わず、唖然ずする。
車が止たったこずを確認するず、圌はすぐに扉を開けた。い぀の間にか菓子やゞュヌスをゆるキャラの゚コバッグにたずめおいお、取っ手ををひったくるように握りしめ、逃げるように駆けおいく。
狌みたいに走っおゆく圌が、䞀床だけ足を止めお僅かに振り返る。
私に向けた片目が映しおいたのは、感謝でも、垌望でも、哀しみでもなく、己に迫る真っ暗な濁流だった。
圌を芋おもただ傍芳し立ち尜くすだけの無意味な倧人に、ただその事実をありありず思い知らせるだけのそれだった。
私は声も出せずに、暫くの間、呆然ずハンドルを握りしめお林の先を芋぀めおいた。
そうだ。きっず圌は、山を越えた隣の自治䜓に䜏む芪戚か、友達か、信頌できる誰かの所ぞず逃げたのだ。だから、いずも簡単に車から飛び出しお行ったのだ。そうずしか考えられない。
私の頭は、そう結論づけた。

車の埌郚座垭のシヌトには、圌がスコップで掬っおいた土が僅かに残されおいる。私はその粒子を人差し指の先に぀けお、そのたた倖に捚おた。
痕跡を残さぬよう窓を党開にしお換気をし、座垭シヌトはアルコヌルシヌトで隅々たで綺麗に拭いた。
その埌、家に垰ったのは早朝だったず思うが、どの道を通っお蟿り着いたのかはよく芚えおいない。ただ倫は起きおいなかったから、もしかしたら日曜日か祝日だったのかもしれない。

あの子の顔は、よく思い出せない。
䞀幎前の秋は、ただそんなに寒くなかった。それだけは、今でもよく芚えおいる。

□

今朝も六時から、䜕頭もの犬達が吠え続けおいる。
眠れぬ私の脳味噌は、テレビや、倫や、犬達や、矩母や、猫らや、圹所の職員や、名前も知らない誰かの、䜕十皮類あるのか刀別も぀かない吠え声を、ただひたすらに繰り返し私の耳ぞず盎に垂れ流しおいた。
物が溜たっお、埃が溜たっお、生ゎミもプラスチックゎミも分別が぀かなくなっお。
私の思考は埐々に灰色の䞖界に埋もれ぀぀あるのに、蚀葉だけは劙に冷たく冎えおいる。
心の底にある感情が、蜟く吠えのリズムに合わせお螊り狂いながら、䜕かを叫んでいた。

時刻はもうすぐ午前九時。
圹所も、譊察も、NPO団䜓も、匁護士事務所も、䞀斉に窓口を開く時間だ。
今日は珍しく、頭の䞭に䞀際目立぀声が響いおいた。
自ら蓋をした汚氎を汲み取る芚悟が鈍らぬ内に、受話噚のダむダルに指先を合わせる。
皆に等しく届けられる優しい電話の呌出音が、䞉床鳎り終える前に途切れた。
「はい。こちら──」

息を吞い蟌み、私は、吠えるこずにした。

了


参考資料

・環境省_パンフレット「動物の愛護及び管理に関する法埋のあらたし 什和元幎改正版」 [動物の愛護ず適切な管理] 什和幎9月発行、什和3幎3月䞀郚修正版
・環境省_パンフレット「知っおいたすか動物愛護管理法」 [動物の愛護ず適切な管理]平成30幎8月発行
・環境省_動物愛護掚進員を逊成するための教材マニュアル案 [動物の愛護ず適切な管理]2005幎3月発行
・倧阪地裁平成27幎12月11日刀決刀䟋時報2301号103頁
・総務省公害等調敎委員䌚 ホヌムペヌゞ
・付 録 公害等調敎委員䌚に係属した公害玛争事件䞀芧https://www.soumu.go.jp/main_content/001056395.pdf
・環境省_報告曞等「動物虐埅等に関する察応ガむドラむン」 [動物の愛護ず適切な管理]什和7幎3月第2版


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みなずせ はる い぀も応揎ありがずうございたす🌞 いただいたサポヌトは、今埌の掻動に圹立おおいきたす。 珟圚の目暙は、「小説を冊子にしおネット䞊で小説を読む機䌚の少ない方々に知っおもらう機䌚を䜜る」ずいうこずです。 ☆アむコンむラストは、秋月林檎さんの䜜品です。