読み返してみて
先日ふと思い立って、随分と前に書いた文章を久しぶりに読んでみました。
ここではない別な場所にアップしていたものです。
今はその場所もなくなってしまい、
一部の方々が中心となって、新しい場所を立て上げたとか上げていないとか。
そこにアップしていたものは、ほとんどはデータとして取ってありますので、私はその気になればいつもで見れます。
今まではなんとなく読む理由もないですし、読んだところで何がどうなるわけでもありませんからね。
ずっとパソコンのファイルの片隅に追いやられていたわけです。
久々に読んでみると、なんだかとても恥ずかしい気分になりました。
私のアップしていたものは、ありがたいことにそれなりに読んでいただいていたのですが、その内容がやはり偏というか、未熟なものが多かった気がします。
話しの飛躍が複数個所に点在していたり、誤字脱字があったり。
このクオリティでよく読んでくださる人がいたものだとすら、思ってしまいます。
物語を創作して……という形の作品ならともかく、
エッセイのような形式の文章は特にそう思いました。
もっと日頃から本などを読んで、いい表現を吸い取っていかないといけませんね。
そんな私が過去に書いた文章の中に、某アニメーション映画のエンディング曲からタイトルを頂いたエッセイのようなものがありました。
内容が二転三転して、最終的には、どこぞの国の軍事侵攻について書いた気がします。
でも考えてみればそれもそれでおかしな話というか、なんというか。
あの場所は集まった人々で声劇をするのが主な目的でした。
そんなところにそもそも劇じゃないものをアップして、しかもそれがそれなりに読んでいただけていた……
というのでも十分すごいと思いますが、よりにもよってその中で政治に近い話をしているのですからね。
今の私ならできないかもしれません。
そんな度胸がないというか、その場にはふさわしくない、といって他の場所へ書いたものをアップしていたでしょう。
それこそこのnoteのような場所へ。
そう考えてみると、あの時にあのアプリに文章を投稿しだしたのも、そこから物語なんかを書いてみたりしたのも、なんだかんだで、今もこうしてかなり頻度を落としつつも何かを書いてるいることは、奇跡に近いかもしれませんね。
それを自分で言うのもどうかと思いますが、まぁいいでしょう。
あの時よりかは大分頻度も落ちましたし、内容ももしかしたら薄っぺらくなってるかもしれません。
こういうのって間を空けると腕が鈍ると言いますか、質を高く維持するのは中々に難しいですからね。
それでも、何かを続けてみようと思わせてくれるキッカケには感謝しかありませんね。
いつまでも、こんな環境があり続ければいいのに。
と、永遠なんて信じていないくせに、そう言うことだけは平気で書いてしまうのが、私の手癖の悪い所なのかもしれませんね。
