明日が来ない青年の笑顔を知る

今日のnoteは、当たり前に次の日の朝を迎え、当たり前に自然の豊かさに感動し、当たり前に温かいごはんを十分に食べられる幸せを噛み締めた日のことを書きたいと思います。
昨年の12月5日、ある企業様の大人の社会科見学へ同行させていただき、万世特攻平和祈念館を訪れました。
私自身、昨年秋に東京から南さつま市へ移り住み12月からきやったもんせの一員に加わったので、万世特攻平和祈念館への訪問は初めてでした。
これまで戦争を題材とした映画やドキュメンタリー、小説などを手に取る機会はこれまで幾度とありましたが、移り住んだこの場所がまさに出撃地となっていたことを知り、胸の奥にずしりとした重みを感じました。
特に、万世特攻平和祈念館では若き特攻隊員たちが身に纏っていた衣服や持ち物、遺影や家族に宛てた手紙や遺書などが保管されており、当時の惨禍がもたらす残酷さが伝わってきます。
入館してすぐ、1階の入口には実際に吹上浜沖の海底から引き上げられた零式水上偵察機が展示されており、劣化は進んでいるものの、しっかりと形が残っています。

職員の小屋敷さんの講話を拝聴する時間も設けられており、
そこでは青年たちが抱く日本国を守る決死の覚悟と責務、彼らが愛する家族へ伝えたメッセージなど、今を生きる私たちにも「もしも自分がその立場だったら・・・?」と考えさせられる場面が多くありました。
静かな室内では、私を含め沢山の参加者の方々が鼻をすする音が聞こえてきました。
小屋敷さんのお話は、当時の現実を知らない私たちでも情景が鮮明に浮かんでくるものでした。
2階は資料展示がメインとなっていて、出撃前に家族へ宛てた手紙や遺書が多く遺されていました。彼らはどんな思いでこの文字を綴ったのか。
20歳前後の夢ある若者の夢は、「自分のため」ではなく「国のため」である前に「愛する家族のため」に戦い、勝つことであったのだろうと思います。日本国の安定と繁栄が訪れると信じて、戦後の家族の幸福を強く望んでいたのでしょう。
館内の見学を終えた後、小屋敷さんが今も残る防空壕の場所を案内してくださいました。車で少し移動し、そう遠くない場所にある山中で降り立ち、山の急斜面をロープを伝って下り、木々をくぐりぬけるといくつかの大きな穴が。これが今も残る、防空壕でした。


戦争渦中を生き抜いた人々は空襲から逃れる場所を必死の思いでつくられていました。「明日は来る」と信じて。
今回の大人の社会科見学ツアーを通じて、一番印象に残っている写真をご紹介します。

これは、万世飛行場で出撃の予定を控えている少年飛行兵たちの写真です。
明日生きて帰れる保証がない、そんなときでも険しさや悲しさが滲む表情は
一切感じられないのが本当に印象的でした。
彼らは、自らの責務を果たすことに誇りを持っていたのだと思います。
戦場で命を落とすことを楽観的に捉えられる人間はどこにもいないはずです。ですが、兵士として国を守り切る。その責任を与えられたことに真摯に向き合い、与えられた使命をまっとうする思いが、彼らのまっすぐな視線や微笑む口元から伝わってきました。

平和な日常を当たり前に送ることができる、今を生きる私たちが知るべき 日本の過去を教えてくれる場、それが万世特攻平和祈念館です。
すべてを見終わった後、明日からの生き方についてほんの少しでも考えるきっかけになるはずです。
万世特攻平和祈念館へ行ってみる?基本情報はここをクリック🚶🚲️🚐
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