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戦後ゼロ年:1946年2月12日(火)

降伏使節団、過激派の特攻懸念

(2/12/1946、シカゴ・トリビューンより)
降伏使節団、日本軍過激派の反感懸念

昨年8月、マッカーサー元帥に会うために日本からの使節を乗せた「平和飛行機」(降伏使節団)は、日本の軍国過激派による暴力の可能性を防ぐため、秘密裏に日本を離れなければならなかったと、ビショップ通り8049番地のウィリアム・H・セナー大尉が昨日語った。
セナー氏は、日本の使節団がフィリピンへの旅の第一段階として沖縄近くの伊江島に降り立った際、現場に居合わせた。セナー大尉によれば、この飛行機群は、彼らを探していた最初のアメリカ軍機との接触に成功しなかった。使節団は、特攻隊による攻撃の可能性を避けるため、発表されていない航路で密かに日本を離れたと説明したという。
セナー大尉は、戦争終結時に沖縄の第5空軍に所属しており、木曜日にシカゴに到着した。


【参考】降伏使節団

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