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戦後ゼロ年:1946年1月9日(水)

フィリピン:潜伏日本兵が殺人・略奪
戦犯3軍人に逮捕命令

(1/9/1946、シカゴ・トリビューンより)
フィリピン、戦後も潜伏日本人との戦い継続
日本兵数千人が潜伏、殺害、略奪

マニラ、1月8日:
南部ルソンのカマリネス・ノルテ州などの山岳地帯に潜伏している日本兵の残存勢力が、戦後もなお無防備なフィリピン人農民に対する嫌がらせや殺害、略奪を続けている。セルヒオ・オスメーニャ大統領に提出された公式報告が伝えている。
農民たちは、日本兵によって食料や家畜、衣類を奪われ、しばしば殺害されているとして救援を訴えてきた。これに応じ、フィリピン陸軍最高司令部は、ジェームズ・アンダーソン大佐の指揮下で、ハイメ・マンサノ中佐率いる第1大隊(ゲリラ部隊)を再出動させた。
この部隊は、マニラ東方解放初期にアメリカ軍と共に日本軍部隊と交戦したことで知られている。

日本兵2,880人殺害
公式報告によれば、日本兵2,880人が殺害され、799体の遺体が発見された。
一方で、フィリピン人は戦闘で58人が死亡し、108人が負傷または行方不明となっている。日本兵に対する掃討作戦は現在も続行中である。
フィリピン各地の他地域でも、多数の日本兵が潜伏しているとの報告が、フィリピン陸軍司令部に相次いで寄せられている。
北部ルソンのイサベラ州、カガヤン州、ヌエバ・ビスカヤ州では、日本兵の残党が農村部を荒らし、労役用の動物や作物を盗んでいるという。ヌエバ・ビスカヤ州の軍警察司令部は、日本兵数名が物資を積んだ民間トラックを州都へ向かう途中で襲撃し、フィリピン人が数名殺害され、物資が奪われたと報告している。

【参考】地図のミンドロ島の左上がルバング島

フィリピン陸軍の別の報告によれば、北部ルソンの山中に潜伏する日本兵は、サツマイモやその他の野菜を栽培して自活しているという。
一方で、数百人の日本兵がマラリアに感染、あるいは栄養失調に苦しみ、降伏しているとも伝えられている。
南部フィリピンのミンダナオ島では、軍当局や州知事が、ラナオ周辺の山岳地帯を徘徊する日本兵の残党について報告している。彼らは近代的な武器で武装しており、ラナオの日本軍憲兵は、アメリカ解放軍の到着前に山中へ逃走したとされる。
これらの日本兵は、モロ族の攻撃や、マラリアを媒介する蚊に悩まされており、食料の確保にも苦しんでいるという。

マッカーサー司令官、日本軍将校3名に逮捕命令
東京、1月9日(AP):
マッカーサー司令官は本日、日本軍将校3名の逮捕を命じた。この中には昨年10月6日に逮捕命令が出されていた者も含まれる。該当者は以下の通り。
· 中村鎮雄大佐:タイ=ビルマ鉄道沿線の第2鉄道グループ捕虜収容所の指揮官。
· ハタ・イツロウ少佐:以前に逮捕命令が出されていた人物。
· ノナカ・ユキオ少尉:1943年11月にウェーク島に駐屯し、後に海軍砲術学校の教官となった。

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