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戦後ゼロ年:1945年12月26日(水)

ウェーク島の虐殺将校に死刑判決

(12/26/1945、シカゴ・トリビューンより)

日本軍のウェーク島将校に絞首刑判決
98人の米国市民殺害

クェゼリン・マーシャル諸島、12月25日(AP):
占領期のウェーク島元日本軍司令官、酒井原繁松海軍少将は、1943年10月7日にパンアメリカン航空のアメリカ人民間従業員98人を集団処刑した罪で、25日、その参謀長である橘壮一少佐とともに絞首刑を言い渡された。
原爆への復讐
酒井原少将は、日本への原子爆弾投下を計画・実行した者も我々と同じ(戦争犯罪者)と見なされるべきだと発言するとともに、自ら処刑命令を下したと認めた。両名に対しアメリカ軍法会議はこの判決を下した。
「今、我々はアメリカの法廷の判決を受けようとしている」と酒井原は述べた。「私からの要望として、日本への原子爆弾投下を計画し実行した人々も、我々と同様に見なされるべきである」


手錠をかけられ銃殺
両被告は、アメリカ軍の空襲により日本軍がウェーク島奪還の試みがあると考えていた時期に、民間人捕虜を死に至らしめた命令の責任を問われた。
捕虜は月明かりの淋しい浜辺へ連行され、目隠しをされ手錠をかけられた状態で、小銃隊によって一斉射撃で倒された。

「小さなガラス玉の目」、米兵虐待認める
東京、12月26日(AP):
最初の戦争犯罪裁判において、元刑務所看守の土屋達雄は本日、「(アメリカ人)捕虜を8、9回、平手で殴打した」ことを認めた。その後、弁護側は立証を終了した。
元捕虜たちから「小さなガラス玉の目」と呼ばれていたこの日本人は、拳や道具を使ってアメリカ人捕虜を虐待したという起訴内容を否定。自身がその死の責任を問われている、イリノイ州ストレーター出身のロバート・ゴードン・ティース一等兵のことを覚えていないと主張した。
クリスマス休暇明けに再開された裁判で、土屋は2時間半にわたって証言した。彼の事件を審理するアメリカ軍法会議が本日中にも判決を下す可能性があると見られている。


豪州のクリスマス、40度超え
シドニー、12月25日(AP):
オーストラリア南部は本日、記録的な暑さのクリスマスを迎えた。夏の日差しの下、メルボルンの気温は華氏103.8度、アデレードでは華氏105度に達した。ビーチには大勢の人が押し寄せた。しかし、教会の出席者数も全体的に多かった。

・“外からの革命“成功せり
(12/26/1945、中国新聞より)


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