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【掌編小説】さよならのリレー《シロクマ文芸部:ボルコットの「夏休み」》

【※注意】この作品について、剽窃、改変、および生成AIへの学習利用は、理由を問わず固くお断りいたします。すべての権利は著者に帰属します。
――ルイーザ・ジューン・ボルコット
(画像はNano banana 2で作成しています。)


夏休みの半ばは、ミホにとっても少し切ない。
静かな遊歩道には夏の木々の匂いが満ちているが、耳を澄ますとヒグラシの声が心の奥を優しく揺さぶっている。

「さあ、ジュン、そろそろ時間だから、ヨウコちゃんにサヨナラしよう」  

まだ遊びたいと蝉が騒ぎ立てる中、ミホはほんのりオレンジが混ざりかけて、腕への刺激が少しずつやわらいでいく太陽を見上げて声をかけた。 

「うーん、もう少し」

ジュンはミホと目を合わせず、ヨウコと並んでしゃがんだまま小石を並べている。

「ヨウコも、また来年遊んでもらいましょう」

「やだ。帰らない」

ヨウコもうつむいたまま小石をいじる。
ヨウコの母親も、ミホと目を合わせて苦笑いをした。

ミホはワンピースの裾を両手で抱えてジュンの横にしゃがむと、足元から背中に空気が抜けて薄い汗の膜が冷えた。

「ねえ、ジュン。ヨウコちゃん、明日飛行機乗るのに、朝早いんだって。寝るのが遅くなってヨウコちゃんが具合悪くなるの、ジュンも嫌でしょう?」 

ミホが横から、鼻を真っ赤にしたジュンの顔を覗き込む。
汗ばんだジュンの髪の毛は赤みを帯びて、無言で小さく頷いた。

「ヨウコちゃん、カナダって遠いの?」

ジュンが並べた小石の中から、一番きれいなひとつを手のひらに載せて言った。

「うん。一回寝てもつかない」

ヨウコも小石をひとつ、つまみ上げる。

「さあ、ヨウコ、サヨナラしよう」

ヨウコの母親も一緒にしゃがみ込んだ。

「やだ。ジュンも一緒に行けないの?」

涙ぐんで、しかし泣くのはこらえた様にして、ヨウコは母親の顔を見上げた。

「無理言わないの。ジュンちゃんも困っちゃうでしょう」

母親がヨウコの背中をさする。

「もう少し大きくなったら、英語の勉強にお邪魔したらいいんじゃない?」

ミホは、2人の少女の顔を見比べて笑顔を作った。
ジュンは手に握った小石をそっとアスファルトに置くと、自転車の籠に駆け寄った。

「じゃあ、これ。飛行機の中で食べて」

ジュンは、手紙と一緒にお菓子を詰めた紙袋をヨウコに差し出した。

「ありがとう」

紙袋がクシャクシャっと鳴るたびに、ヨウコは腕で顔をぬぐっている。

「ねえ、ママ、信号の向こうまで、ヨウコと一緒に行っていい?」

「じゃあ、横断歩道、渡ったらバイバイね」

赤信号のこちら側。
逆光に並ぶ2人の少女の後ろ姿から、背丈のそろった影が伸びる。
2人とも黙って、時折顔をぬぐっている。

信号が青になると、母親たちは軽い会話をしながら横断歩道を渡ったが、少女たちはじっと動かず、まもなく点滅すると顔を見合わせて自転車を押して小走りで向かってきた。

「じゃあ、ハグしてお別れしたら?」

ヨウコの母親が声をかけると、

「それはちょっと、恥ずかしい」

と目を腫らしたままヨウコが笑った。

「じゃあね、また来年」

「忘れないでね、また来年」

自転車の横で、フォークダンスのように向かい合って両手を繋ぐ少女たちの姿は、お互いの姿を網膜と手のひらに記憶させているように見えた。

もう一度、信号が青に変わると、ヨウコたちは向こうへ進みだした。
ミホも、ゆっくり自転車を押すジュンの横で緩やかな風を感じながらこちらに進む。

1メートル進んだところで、向こうから「バイバーイ!」という叫び声が聞こえた。

ジュンも振り返って

「バイバーイ!」

と大声で返す。

1メートル進むたびに、そして建物に隠れて見えなくなっても、お互いを知らせる蛍の光のリレーのように、「バイバーイ!」がこだまする。

離れるごとに、ジュンは体を「く」の字に曲げて、精一杯腹筋に力を入れて声を振り絞っていた。

腕で目の周りを擦りながら出される、聞いたことがないほどの娘の生命の咆哮。
ミホも鼻の奥がツンと沁みて、瞼の粘膜が熱くなるのを感じた。

子どもの頃、夏休み中に急に親の転勤が決まって、さよならを言えなかった友達の顔がミホの頭をよぎる。

少女たちの掛け声が消えると、やさしい夕暮れだけが残り、カラスの群れが飛び去っていく。

ミホは思い出したように、首に掛けていたスマホを手にして同窓会の案内画面を開き、ちょっとだけ肩で深呼吸すると、「エイッ」と出席のボタンを押し直した。

「遅くなっちゃったね、ジュン。夕飯、何食べようか」

「う~ん、ハンバーグ」

「今からじゃ無理だよ」

「あ、ママ見てみて!」

2人は、食べ物の匂いの混じった暖かい風が通りを抜けていくのを感じながら、青さの残る晴れ間に輝く金星を見上げた。

「食べるの遅くなっちゃうけど、ハンバーグにしよっか」

ミホは右手で、ハンドルを押すジュンの火照った手の甲を包み込んだ。


(完)


#シロクマ文芸部