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蟻地獄【創作】

この「文壇」には顔がございません。あるのは名前と文章だけ。

私がなぜ、こんな文章を書いているかというと。

そうですね、蟻地獄が罠をこさえて蟻がかかるのを待つのに近いかもしれません。

物書きが文章を書く。そしてそれを文壇へ「掛ける」。そうすると、翌朝には誰かの書きつけが、折り目正しく隣へ添えられている……と、これがこの世界の理です。

私としては、読み味は軽く、すっと入り込む文章を心がけております。また、他の物書きへも斬新な視点をもって深く読み取り、好意的な書きつけを残す。と、日頃よりこう努めていたわけであります。

互いに高め合うために、書きつけを交換しあうのというもまた、この文壇におけるひとつの文化でございました。

* * *

文章を書くという行為には、不思議な魔力がございます。

書くということは、自分の人生の一部を切り出してそれを並べるという意味に他なりません。内なる秘めたものを表へ出すわけでございますから。ないものはいかなる文才をもっても紡げない。すべては、想像したものか体験したものかのいずれかにあたるということにございます。

そして、読むということは、相手を知ろうとすることに他なりません。例えば随筆であれば、書き手の体験を追体験する行為になるでしょう。そして小説であれば、出来事を追っているようで、書き手の意図や妄想の世界に身体を漬け込んで浴びるということ。これに意外と、気づかない者も多いのです。

そこで私は、相棒の右手とともに熟慮しました。

誰しもが発表者となれるこのご時世、若い娘で書きものをしている者も多くございます。

そこで、発表作品にとびっきりの花丸をつけてあげるのです。くすぐれば簡単。腐っても物書きでございますから、犬のように、しっぽを振ってなびいてくれるというものです。

一度関係性を築けさえすれば、もうあとはずるずると引き込んでいくだけにございます。何を書いていようが関係ありません。互いに甘い言葉で褒め合い、評価が芳しくなければ傷をなめ合えばよい。

もうこの時点で、相手の作品などただの足がかり。白い原稿を踏み台にして、互いの瞳を見つめ合うだけの関係性に早変わりというわけです。

はじめの発表作品は、愛らしいもの、広い世代に共感を呼ぶもの、学術を違った視点で切り取り、掘り下げたものと手広く見せておきます。

例えば深海魚が浮袋を持たぬ理由なんかを、人間の孤独になぞらえて書けば、「知らなかった」「勉強になりました」と、ありがたい書きつけが並ぶのでございます。

しかし、こうして一度捕まえてからは、読ませる内容を、生々しいもの、醜悪なもの、破廉恥なもの、性愛を描いたものへと徐々に移行してまいります。別に、ただの踏み台ですから、なんでもよいのです。右手の気の向くままに、ぶちまけてやればそれでよろしい。

ただ相手が私の書いたその内容を読み、汚らわしい世界観に没入し、それでもなお評価をしてくれる。それだけで、心地よさが体中を包み込むというわけです。

ああ、相手も所詮人間。このようなことに興味がある。穢れを知らないような顔をして、愛憎にまみれて堕ちることを望んでいるのだ、とこう思考をめぐらせることができるわけですな。

* * *

今宵も、一匹の蟻がかかりました。

私の掛けた作品へ、好意的な書きつけを寄せたのでございます。それは全年齢向けの、ガキの寝かしつけに読んでやる絵本のような、退屈な物語でした。ただ、言うまでもないでしょうが、巧いと思わせられるよう、書きぶりと構成、象徴の活かし方で、獲物がかかりやすくなる工夫は凝らしてあります。

しかし書きつけを寄せた時点で、足元に渦巻く流砂へ片足を突っ込んでいることに、蟻は気づかない。そもそもそんな者が、上等な物書きになれようはずもないのです。

その蟻も、小説を書いておりました。

私は作品をじっとりと読み込みました。夏休みに祖父と食べた西瓜の種を庭へ埋めるだけの話です。事件らしい事件もなく、それでも最後の一文だけは妙に忘れられない。そんな、青臭いまま終わる文章でございました。

それに対して、私は懇切丁寧な意見を寄せました。

良いと思った箇所は具体的に。自身の体験と重ねて共感を示す。作者の隠した意図を探り当てたかのように、文字へ起こして仄めかす。

おっと、ここで説教臭くなってしまっては元も子もない。あくまで応援者として、批評ではなく感銘を受けた読者として言葉を残すのが定石でございます。

そして読みながら分析する。この作者はどういった点に小説としての快楽を覚えるのか。何を目指し、何を表現しようとしてこの題目を選んだのか。

あの西瓜の物語には、汁でベタついた指の描写が妙に脳裏にこびりつくような、そんな鮮明さがありました。

そして、間もなくその意見に反応がありました。

「そんなところまで読んでくださる方は、初めてです。」

続けて、もう一行。

「でも、そこまで読める方って、ご自身も似たことを考えたことがあるのでしょうね。」

ふふ、と笑ってしまいました。獲物が術中にはまるのを見た瞬間には、言いようのない恍惚感が伴うものです。

思惑通り、懇意となる。言葉のやり取りだけの関係ではあるが、相手の反応は活発になった。相手が「さすがだ」と言えば、「なんのなんの」と謙遜しておればよい。

やはり単純な生き物。人間の格好をした、でかい蟻。私にとってはその程度にしか、見えておりません。

計画通りに話は進んだ。このままいつもの通り、逢瀬にこぎつけてしまえば、その蟻にもう戻れる道はないのです。

私は、自分の欲のたっぷり詰まった作品を、その蟻のためだけに記した。今まで書いた中でも渾身の一作と言って差し支えありません。

どうせ読めば、反応は決まっている。私の文章へ共鳴し、胸を震わせる姿を想像すると、たまらない心地でございました。

* * *

ところが、蟻はその後、一切の書きつけを寄越さなくなりました。しかし、作品だけは毎回読んだ形跡を残している。

足跡が増え、栞は一枚増えていた。誰が挟んだものかは分からない。それ以外のすべてを残し、声だけがぷっつりと途切れてしまったのでございます。

こんなことは、過去にはありませんでした。

勘よく罠から逃れた蟻は、今までにもおりました。しかし、そういった輩は反応そのものを絶つものです。

ところがこの蟻の、足跡だけは増えてゆくのでございます。

朝、湯を沸かす前にひとつ。寝る前にまたひとつ。

栞は増える。書きつけだけが、来ない。

それが、不思議でたまらなかった。

何を考えている。
何が気に入った。
どこを読んだ。

すべてが分からないまま時間は過ぎます。

いつしか書斎の景色は、季節ふたつ分も、色を変えておりました。青々とした若葉の眩しさは今や枯れ果てて、土に還るのを待つだけの落ち葉へと変わっていたのでございます。

蟻地獄の砂へ今にも落ちそうだった蟻が、落ちてこないまま、まるで忽然と姿を消したかのようでございました。

* * *

しかしあるとき、その蟻がひょっこりと文壇へ姿を現したのでございます。

女の新作。

題は、『蟻地獄』。

ぴくり、と右手が反応しました。西瓜の種を埋めていた娘が、こんな題を付けるようになるとは。そんな思いからだったでしょうか。

おそるおそる、手に取ってみました。頁を繰る手が重く、感覚がどこか遠くなる心地が伴います。しかし、心の臓を鷲掴みにされているかのような鋭い読み味に、その指先が止まることはありませんでした。

読まねばならないという想いが全身を支配し、文字の向こうの相手の顔を読み解く試みすら、忘れていたほどでございました。

読後、それぞれの文や言葉が、混然一体となり、私の中でひとつの感想にまとまります。

これは、まるで。

自分のことを書かれているような。

作中の下劣な男は、若い女と思しき作家を狙い、作品へ意見を寄せて近づき、相手を獲物にする。

しかし、その名前も職業も、私のものとは違う。直接、自分とは書いていない。

私は笑いました。

「偶然だ。偶然にすぎない。」

しかし、作品発表後の書きつけを読んでみましたら、そこには数ある意見が残されていて、それが私の心を再び刺したのです。

「こういう人、本当にいそうですね。」
「ゾッとしました。」
「作り話とは思えません。」

私の急所を捉えていた手の感覚が、再度私を襲いました。

書きつけを募るその場は、広く解放されておりました。なにか、自分も書くことができる。皆の意見の方向を、少し歪めてやればよい。

しかし、筆をとった手は動きません。普段、書きものをするときに私の思考よりも先に動いていた右手でしたが、このときばかりは指先から力が抜けてしまっているようでした。

筆を床に落としては拾い、そしてまた、落としました。

書いたら……そのときは「あいつだ」と思われる気がしました。

瞬間、私は机を、何度も両手で打ちました。手元灯を床へ払い落し、何も、書かれていないままの原稿用紙を、勢いよく破り捨てました。

びり、びりりっという紙の裂ける音のあと、ぐしゃりと握りつぶされた塊が転がる音が続きました。床では零れた黒いインクが、今も四方へじわじわと染みを広げていたところでした。

そんなことをしても、気が晴れるのは一瞬です。肩で息をするのが落ち着けば、また元に戻らざるを得ないのですから。

皺の寄った原稿用紙を拾い、整え、そしてまた筆をとる。それ以外、私には残されていないというわけでございます。

* * *

この文壇には顔がございません。あるのは名前と文章だけ。

窓の外に、陽の光が明るく眩しい季節が戻ってまいりました。けれど私の胸の奥では、今なお黒いインクの染みが広がり続けているのです。

あんなことがあったとて。結局のところ、毎日私は、その蟻の作品を読みに行ってしまっています。なにせ、気になって仕方がないのです。

足跡を残し、栞を挟み、意見は書きたくても、書けない。

それからというもの、ずっと、答えを探しているのです。

蟻地獄にかかっちまったのは、あの女なんでございましょうか。
それとも、この私なんでございましょうか。

それを、あの女めの作品から、読み取れたら。

その一心で今日も、私はあの蟻の掛けた文章を探してしまうのです。


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財布野紐ゆるみ 書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。