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氷を受けない【創作】

うちの冷蔵庫には、製氷機がついている。

だけど、使ったことは一度もない。

水を入れたら、氷ができあがるルートが用意されているのに、お母さんが使うのを許してくれなかった。

「使ったら、洗うのが大変だから。」
「汚れた氷ができるようになるから。」

そう言って、使わせてもらえなかった。

この冷蔵庫は、お父さんが買ってきた。仕事が休みの日に電気屋に行って、お店に来ていたメーカーの人と相談して。

「お父さん、氷、つくっちゃ駄目なの。」

私が聞くと、困ったように笑って言った。

「いやあ、お母さんが駄目って言うからね。」

私はお父さんに聞いたのに、決まっていつもそう言った。

あとから知ったけど、電気屋に行って買った冷蔵庫は、お母さんの言う通りの性能のものだった。言う通りの価格帯で、お父さんは選んだだけ。

製氷機能は、その型番にたまたまついてきたオマケでしかない。

お父さんは一度私に、「色はこっちがいいかと思ったんだけど」とこぼした。でも結局、家にある冷蔵庫はその色じゃない。

そんな理由で、我が家では氷をつくらない。

小学校のころやってきた冷蔵庫は、私が高校生になっても氷をつくることはなかった。

「お客さんが来るから! 悪いけど、スーパーで氷を買ってきて。」

お母さんに、言われたことがある。私はお父さんの方をちらっと見た。でも、黙って財布を手に取って、腰を上げた。そのとき近くにいたけど、お父さんは何も言わなかった。

冷蔵庫でつくればいいじゃん、の言葉は、喧嘩の種にしかならない。

お父さんは、悪いことや間違っていることをすれば私を叱ったし、そうでない場合はよく褒めてくれた。

なのに、お母さんを相手にするときだけは、意思を持たない機械になる。せっかくの人間の機能を、眠らせてしまっているみたいだった。

だから私も、お母さん相手には自分の余計な部分を「使わない」ようにつとめていた。

いくつかの機能が家から消えて久しいころ、私にも、高校卒業の季節が近づいていた。

そんな時期に、冷蔵庫がとうとう壊れた。

思えば、前から予兆はあった。

扉が両側から開くタイプなのに、左側からしか開けられなくなって随分経っていたし、何度も庫内に手を当てては、冷えているかを確かめることが近ごろは増えた。

大学入学が決まっていて、私は家を出ることで話はついていた。この休み、お父さんの車に乗って、一緒に電気屋に向かうことにした。お父さんは、私がついてくることを嬉しそうにしていた。

「どんな冷蔵庫がいいと思う。やっぱ、両側から開く方がいいか、扉は。」

運転しながら、助手席の私にそう聞いた。でもどうせ、メモ書きに書いてあるものを買うだけだ。窓の外を見ながら、私は答えた。

「内開きの扉のにしたら。」
「ははは! そんな冷蔵庫あるか。」

景色が流れて、自宅が少しずつ遠くになっていく。お父さんは、今は笑っていて上機嫌だ。だけど買うとき、きっと今みたいな表情にはならない。

電気屋さんの対応は丁寧で、儀式のようにほんのちょっぴりだけ値下げの交渉をして、滞りなく「予定通り」の型番を買うことができた。

私とお父さんは顔を見合わせた。その冷蔵庫にも、製氷機能はついていた。

採寸は問題ない。前の冷蔵庫でも大きすぎるくらいだった。家を出て私が使うスペースが減ることも考慮され、今回選定されたのは少し小さな型番だ。

売り場で開けて、中を確認したときに思い出したのは、母の顔だった。買い置きのスイーツの幅で、何度か小言を言われた。そのくせ自分は、食べることも捨てることもしないジャムを、何年もかけて熟成させていた。

冷蔵庫故障のタイミングでジャムを捨てることが決まったとき、私は「ざまあみろ」と内心思った。

数日して、業者によってその冷蔵庫は運び込まれた。冷蔵庫の色は、前と同じだった。

設置の確認と、サインをすれば終わりのはずだった。

けれど、お母さんが、届いたときに運び込んだ業者さんに文句を言った。

ここに傷がついている、取り換えられないのか、と。

よく見ても、わかるかわからないかの微妙なものだった。業者さんも、「確かにそうだ」とは言いかねるようで歯切れが悪い。

それまでは梱包されていたし、場所から見て、運びこむときに業者さんがつけた傷でもなさそうだ。

一度は、無償で別の同じ型番に交換できる、というのはたしかにお店でも説明を受けたし、お母さんにも伝えてあった。

このときも、お父さんは、何も言わない。表情は、固くなったままだった。

仕方なく、私がもう一度、電気屋さんに手配を依頼することにした。冷蔵庫は、もうしばらく使えない。

まだ寒い季節だからよかった。ただし、冷たいものがほしいとき、コンビニやスーパーに行かなければならなくなる。でも、この家ではそれも仕方がない。

業者さんが帰って、家の中の空気がまたもとに戻りかけたころ、お母さんは、キッチンのカウンターの表面の少し剥げた部分を指でなぞっていた。

長年住んだ家だった。汚れや痛み、綻びはいくつもあったと思う。

でも、思う。私が春からここを出たあと、帰りたいと思ったときに、この家はまだあるのだろうか。

もし、お母さんが「引っ越したい」と言い出したら。

お父さんは黙って言うことを聞くと思う。

居間の隅には追いやられるように、未開封の段ボール箱があった。何か月か前に、お父さんがお母さんの言う通りに買ってきたテーブル。あるのに、許可が下りないから、お父さんはまだ組み立てることができない。

うちの冷蔵庫には、製氷機がついている。

水を入れる場所もある。
氷が落ちてくる場所もある。

それでも、そこに氷が入ることはなかった。


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財布野紐ゆるみ 書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。