本の循環
長い夏休み、子どもたちは図書館で借りた本は読んでいたけれど、家の本棚の本は、なかなか稼働していなかった。
絵本はもう飽きたのかな。
役目を終えたのかな。
そんなことが、頭をよぎった瞬間もあった。
どちらかというと、ゲームや工作に気が向いていた気がする。
自由研究がどうとか言っていたので、
「家にお魚の本、たくさんあるじゃん。どうぞ!」と勧めてみても、まったく響かなかった。
それが、2学期が始まった途端、
いきなり稼働しはじめた。
息子がなぜだか突然、『トラのバターのパンケーキ』を読み返し、「この本、お気に入り」と言う。
それを皮切りに、次は岩波の子どもの本を何冊も重ねて、順番に読みはじめた。
以前は気づかなかった描写に笑ったりしている。
娘も、まねをしているのか、バーバパパを全冊抱えて、復習するように読み返している。
2学期が始まって、読み慣れた絵本の中に、心の置き場があるのかな。
そんなことを、内心感じたりもした。
いつもなら口酸っぱく「読んだら元の場所に戻して」と言っているけれど、積み上がった本は、私が戻した。
久しぶりに絵本棚の前に腰をおろした。
そういえば、片付けは子ども任せにして、しばらく私自身、本棚に触れていなかった。
以前は、左側から「世界の絵本」「昔話」「日本の作家の絵本」と、グラデーションになるように並べていた本が、すっかりぐちゃぐちゃになっている。
暇だったわけではないけれど、なんだか急に、それをタイトルの五十音順に並べたくなった。
図書館の本棚が、なんとなく頭に浮かんだからかもしれない。
並べていると、
サ行、多いな。
「ぞう」がつく本、3つもある。
猫が出てくる絵本はたくさんあるのに、タイトルが「ねこ」で始まる絵本は、意外と少ない。
そんなことに気づいた。
ただ、それだけのことなのだけれど、並び替えた絵本と一緒に、なんだか心もすっきりした。


手に取られない夏休みがあって、また読みたくなる日がくる。
先日も、学校から帰ってきて、息子が
「カリフォルニアアシカ、カリフォルニアアシカ」
と唱えながら、海獣図鑑を本棚から取り出した。
図工のアイデアを絵にするのだという。
本棚は、ずっとそこに佇んでいる。
そこにあり続ける姿を見ていると、ふと、
御神木を思い出した。
まなざしが変わると、見えてくるものも変わる。
わが家の本棚
