なぜか、紙を持ち帰ってしまう
図書館へ行く楽しみのひとつに、チラシコーナーがある。
イベントのお知らせ、美術館や博物館の展覧会案内、地域の催し物や講座のチラシ。スマホで調べれば見つかる情報ばかりなのに、紙で眺めるのが好きだ。
気になるものや、思わず手に取りたくなるデザインのものは持ち帰る。そして家では、子どもと共有しているファイルへ差し込んでいる。
動物園や水族館のパンフレットや園だよりも、そのファイルの住人だ。
あとから見返すと、季節によってデザインが変わっていたりする。そんな小さな変化を見つけるのも、楽しみのひとつになっている。
地域新聞の気になる記事も切り抜いている。
動物園に来たゾウを紹介する飼育員さんの記事、水族館のペンギン相関図、山笠の記事……。
あとから派手に役立ったことはない。
それでも、切り抜きたい記事を見つけた瞬間は、海辺で「これは」と思う陶片の柄を見つけたときと、どこか似た気持ちになる。
自分が好きなもの、気になるもの、なぜか目に留まるものを選び出して残していく。
その感覚そのものが好きなのかもしれない。
ファイルを開くと、そこには紙が重なっているだけではなく、そのときどきの「好き」が積み重なっているように感じる。



そんな私を見て育ったからなのか、もともとの性格なのか、息子も紙ものには目がない。
スーパーでは、自分には関係なさそうなチラシまで「これ、もらっていい?」と持ち帰ることがある。飲食店では、お店の名前が入った箸袋を大事そうにしまっていることもある。
「え、それも取っておくの?」と思うこともあるけれど、本人にはちゃんと意味があるようで、勝手に捨てる気にはなれない。
そうして少しずつ集まった紙は、ファイルに入れると意外とかさばらない。




ページをめくると、「この動物園に行ったね」「このイベントは雨だったね」と、そのときの景色まで一緒に残っているような気がする。
全国の水族館のパンフレットが集められている「サカナブックス」というお店を知ったときは、純粋に行ってみたいと思った。
それと同時に、自分だけの不思議な楽しみだと思っていたものを、どこかで誰かも大切にしている。そのことが、なんだか心強く感じられた。
時間がたつほど、このファイルをめくる楽しみも増えていく気がしている。
▽ 少しずつ残していくことについては、こちらにも書いています。
