拾いながら、見えてくる。

言葉になる前に、感覚はもう知っていた。
忙しい毎日の中で、自分のための時間がほしくなったとき。
本を開いて、日々の中で置き忘れていた感覚を拾い直したくなる。
そんなときに開く、小さなZINEです。

人生で初めて、形のあるものとしてZINEを作った。
きっとnoteを始めなかったら、思考やまなざしにも気づかないままだった。
いつしか、ビーチコーミングは考え方にまで染み込んでいた。
砂浜にしゃがみ込み、波に洗われた陶片を拾い集める。
家に持ち帰り、洗って並べ、眺め、飾る。
日々の暮らしの中で、海辺の心地良さを、何度も反復している。
たぶん、そんなに自分の中で熱になっているものは、note執筆とビーチコーミングくらいで、なぜだろうと考えた。
それは、言葉になる前の感覚に惹かれているからかもしれない。
直観が「これだ」と指し示し、あとから言葉が追いついてくる。
そんなことを発見し、言葉に留めた。
海辺で陶片を拾う時間から始まったエッセイではあるけれど、書き進めるうちに、何度も身の回りのものへ視線が戻ってきた。
気づけば、拾っていたのは陶片だけではなく、そこに重なった時間や、自分がなぜか惹かれてしまうものの輪郭だった。


砂の中から、ほんの一部だけが見えている。その断片から、かたちを想像して、手を伸ばす。拾い上げてみて、少し違うと思えばそっと戻すこともある。
選んでいるはずなのに、あとから理由をつけているような気もする。
獅子のように見えた欠片を持ち帰った。それが何だったのかは、はっきりしないまま。
おもしろいことに、バラバラに拾ってきたはずの陶片を並べてみると、不思議とそこには「自分らしさ」が滲み出ている。
砂浜で陶片を見つけた瞬間は、柄そのものに目が釘付けになることがある。
家で使っている器と似た模様を見つけて思わずうれしくなったり、これはいつ、誰が作り、誰が使っていたものなのだろうと、想像を巡らせる。
そうして振り返ると、惹かれているのは陶片そのものだけではなく、その先にある時間や物語なのかもしれない。
それはきっと、誰の日常にもある。
昔からなぜか好きなもの。
理由は説明できないけれど、どうしても捨てられないもの。
無意識のうちに、選び続けているもの。
読み返しているうちに、海のことより先に、自分の引き出しの中が気になった。
昔からしまい込んできた好きなものや、理由もなく手元に残してきたもののことを思い出した。
波打ち際で陶片を探す時間のこと。
拾い集めた欠片たちのこと。そして、その欠片から広がっていった思考の断片を、この一冊に収めた。
陶片という存在が放つ魅力を介し、いま、ZINEという手触りのあるものにして、自分を見つめる時間を共有したい。
なぜなら、気づかないうちに選び続けているものに、日々救われているからだ。

*
波に削られ、時間を超えて手元にやってきた陶片を、ZINEの中だけではなくいくつかのポストカードにして添えてみた。
人が作ったものなのか、自然が作ったものなのか、長い時間が作ったものなのか。
その境目にある不思議さごと、暮らしの中に置けたらと思った。
本に挟んだり、棚に立てかけたり、
引き出しにしまったり。
それぞれの場所で、流れてきた時間を感じてもらえたら嬉しい。




私は、人とつながりたいと思いながらも、
うまく言葉にして話すことができないことがある。
けれど、このZINEなら、静かな熱をそのまま、そっと手渡せる気がしている。
とある場所へ、この一冊を連れていくことにした。
ZINEフェス福岡。
そしてオンラインショップの「mimamori shelf」。

手に取る時間も、届ける時間も。
この一冊から始まる静かなつながりを、大切に育てていきたい。
* このZINEが生まれるまでに見えてきたことを、こちらのマガジンに綴っています。
