夫の爆音と、世界を見直した妻
~26歳下セネガル夫とのチグハグな週末婚の記録~
夫の住むマンションの駐輪場にバイクを停めると、開け放った窓から日本語でも英語でもないテレビの音が聞こえてくる。
わが夫だ。
玄関で靴を脱ぎながら「音大きいですよー」と日本語で注意すると、夫は何も言わずに音量を下げる。
「ご近所迷惑だから、音量は20までね」
リモコンを操作しながら見せると、
「オーケー、オーケー」
と素直にうなずく。
窓を開け放って気持ちのいい季節は、毎週このやりとりを繰り返す。
夫が外まで響く大音量で見ているのは、セネガルの番組だ。
セネガル人たちがスタジオで激しく言い合う。ウォロフ語が分からない私には「言い合っている」としか表現できないが、夫に聞くと、政治について議論しているらしい。
砂の上でマッチョな男性たちが一対一で勝負する「ランブ」も夫は好きだ。セネガルの格闘技で、日本の相撲に少し似ている。こちらは言葉が分からなくても楽しめるので、私もつい一緒に見てしまう。

「ランブの選手になりたい」
まじめな顔で言う夫。
有名選手はセネガルでは英雄らしい。
「今からは難しいんじゃない?」とは言わない。
夫と私の「面白い」が少しずつ重なる作品もある。
私がおすすめした映画やドラマを律儀にブックマークし、数年前に話題になった『地面師たち』は、フランス語字幕にして食い入るように見ていた。夫が集中するのは珍しく、「続き、続き!」とイッキ見していた。
面白いものは国境を越えるんだな、と少し得意げに思った。
私は一ミリも関わっていないのだが。
夫は古いインド映画もよく見る。
生活が苦しい家庭に生まれた青年が、お金持ちで好き放題しているドラ息子に目をつけられ、追いつめられる。最後は青年が知恵と体力で乗り越え、ドラ息子をやっつける。そんな勧善懲悪のストーリー。
編集は雑だし、BGMはぶつ切りだし、効果音は古い。
ダサいなと思いながら、私も横で見ていた。
『地面師たち』は国境を越えたと胸を張っていたのに、夫が見るインド映画は「ダサい」と笑う。我ながら勝手だ。
「インド映画好きなんだね」
「うん。お父さんが好きで、小さいころ一緒に見ていたんだ」
その一言で、映画が少し違って見えた。
雑な編集も、ぶつ切りのBGMも、古いSEも、夫にとっては父親の隣で過ごした時間だった。
ちなみに義父は存命である。
「スターウォーズとか、アベンジャーズとか見ないの?」
「なにそれ、初めて聞いたよ。 見たことない」と夫は言った。
興味がないなら分かる。でも、「初めて聞いた?」
ふーん、と相槌を打ちながら、(スターウォーズなんて、世界中の人が名前くらいは知っているものじゃないのか)と思った。
夫にとって当たり前なのは、ウォロフ語の政治討論番組であり、ランブであり、父と見たインド映画だ。
私にとっては、地上波で流れる番組や、スターウォーズやマーベルだった。
自分がずっと「世界」だと思っていたものは、自分の周りの範囲だけだったことに気づく。
駐輪場まで響く爆音のウォロフ語は、毎回近所迷惑だとヒヤヒヤする。ただ、靴を脱ぎながら「うるさいよー」と言う瞬間に、何かが混ざるようになった。
音量は20まで。そこは譲らない。
でもあの爆音の向こうには、夫が育ってきた世界があることだけは、忘れないでいようと思う。
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