愛猫の最期の贈り物🎁/腎不全の最期と後悔/今だから思うこと【経験談#6】
当時、高校生でした。
初めて家族を亡くしたお話です。
前回の投稿⤵︎ ︎
モカくんからの最期の贈り物🎁
4年間、戦い続けた。
急性腎不全から始まり、慢性腎不全へ。
毎日の輸液、通院、数値との闘い。
それでもモカくんはいつも穏やかで、
一度も怒ったことがなかった。
亡くなる2〜3日前から、
モカくんは動けなくなっていたため
リビングのソファで横になったままだった。
前日には、瞬きもできなくなっていた。
体重は約2kg。骨と皮だった。
最高で6kgあったのに…(肥満です😅)
もうダメかもしれない。
そうわかっていても、
ソファの前から離れられなかった。
ご飯も、テレビも、関係なかった。
ただモカくんの傍にいたかった。
夜中の12時を過ぎても、
翌日の学校のことは頭になかった。
それでも体は限界で、やがて眠りに落ちた。
目が覚めたのは、朝の5時だった。
めざましも鳴っていない。
なのに、ぱっと意識が戻った瞬間
——モカくんの顔が頭をよぎった。
飛び起きて、ドアを開けた。
右手に曲がると、リビングが見える。
ソファの上に、モカくんがいた。
まだ、呼吸していた。
良かった、と思った。
目は開いたままだったけれど、声をかけた。
頭をそっと撫でた。
きっと気づいてくれてる。
そう信じながら、5分、10分、ただ傍にいた。
呼吸が、止まった。
お腹をじっと見て、気づいた。
早く両親に知らせなきゃ。
でも足が動かなかった。
モカくんから目が離せなかった。
それでも、鼓動がまだあるうちに
——と思い、立ち上がった。
リビングを出て、隣の部屋へ。
両親の寝室のドアを勢いよく開け電気をつけた。
「モカくんの呼吸が止まった」と言おうとしたが
声が出なかった。言葉にならなかった。
でも両親は、
私の顔を見た瞬間にわかったようだった。
3人でリビングに戻り、
モカくんのソファを囲んだ。
家族が揃って、1〜2分後。
モカくんは亡くなった。
頭を苦しそうに動かしながら。
4年間、一度だって弱音を吐かなかったモカくんが、最期の最後にあんなに苦しんだ。
身体中に溜まった毒素が、脳にまで達していたのかもしれない。
毎日欠かさず輸液を続けてきたのに。
何もしてあげられなかった…
という気持ちが押し寄せた。
あの時、安楽死という選択肢を知っていたら…
モカくんをあんなに苦しませずに済んだのだろうか——その問いは、今でも消えない。
でも
モカくんは5時に、私を起こしてくれた。
みんなが揃うまで、待っていてくれた。
それはきっと、
モカくんなりの最後のありがとうだったんだと、
今は思っている。
そして、この2年後、
私はもう1匹の猫を安楽死という形で見送ることになる。
その話は、次回以降 書こうと思います。
☆私からのメッセージ
辛いお話ばかり申し訳ございません🙇♀️
ですが、これは私が実際に経験した実話です。
今、腎不全の猫ちゃんを飼っている方、
今、猫ちゃんを飼っている方 皆さんに、
後悔して欲しくなくて
今回の記事を書いている訳ではありません。
選択は飼い主様それぞれです。
何が正しいのか、何が悪いのか、
その選択肢に正解はありません。
ですが、愛する家族のために
いろんな選択肢がある中で
その時考えた最善の選択をする
これが飼い主にできることだと思っています。
私がいろんな経験で学んだこと、知ったことが
皆さんの選択肢の一つになれば嬉しい
と思い、記事を書いています。
この記事を読まれている方で
腎不全末期の猫ちゃんの方もいらっしゃるでしょう。
正直に申し上げますと、
どんな選択をしても少しばかりの後悔は残ると
私は思っています。
愛していた猫が病気などでいなくなると
それはなぜだろう、あの時こうしていれば、
もっと早く気づいてあげられていたら…
と振り返るからです。
辛いお話になりましたが、その中でも
一生懸命その子のために考えて、
その時の知識量で最善の選択肢をし、
闘病生活を一緒に乗り越えてきた!
これが飼っている猫ちゃんへの愛情だと思いますし
きっとその子にも気持ちが届いているはずです。
愛する家族が
少しでも幸せに過ごせますように🍀
☆元気なモカくんの写真集📸
元気なモカくんの写真集☺️
古いので画質が💦🙏笑




夏祭りで取ってきた金魚です笑





ここまで読んでくださりありがとうございます🙇♀️
