『さよならドビュッシー』の美しい旋律が名古屋に響く
「このくそたわけがああっ」
ところどころに散りばめられる名古屋弁とドビュッシーの幻想的な音楽、なんて対照的なんだろう。
名古屋が舞台の『さよならドビュッシー』(著:中山七里)は、第8回「このミステリーがすごい!」大賞の大賞受賞作だ。
高校の音楽科に進学が決まっていた香月遥は自宅の火事で祖父と従姉妹を同時に失った。
インドネシアで生まれ育った従姉妹のルシアはスマトラ島地震で孤児となり、香月家に引き取られたばかりだった。
不動産会社の社長を務めるおじいちゃんと、同じ年頃の従姉妹が焼け死ぬ様子は、わかりやすい言葉で書かれているため読者はイメージがしやすい。
悲惨な火事の描写は思わず目を背けたくなる。
大火傷を負ったが奇跡的に生き残った主人公は、リハビリを始めて2ヶ月で、ピアノコンクールの優勝を目指すほどめざましい回復をみせる。
それは、岬洋介という天才ピアニストとの出会いがあったからだ。
しかし、リハビリを始めた頃から主人公の周りに不可解なことが起こり始める。
岬洋介は38歳のイケメンピアニストだ。
しかも、凄腕の検事正の一粒種で、司法試験にトップで合格したにもかかわらず、ピアニストになったという異例の経歴の持ち主。
あまりに格好よすぎて、同性には嫌われるタイプなのかもしれない。(頑固者のおじいちゃんには、立ち振る舞いが昔かたぎの男みたいだと絶賛されていた)
この作品は、天才ピアニストの岬洋介が探偵役として活躍する「岬洋介シリーズ」の第一作目でもある。
この作品を読むとドビュッシーの「月の光」と「アラベスク」が聴きたくなるにちがいない。
事故直後は、ブルグミュラーの「アラベスク」も満足に弾けなかった主人公が、岬洋介にピアノを師事したことで2ヶ月後にはコンクールで弾くドビュッシーの「月の光」や「アラベスク」も弾けるようになる。(回復が早い気もするが……)ブルグミュラーの「アラベスク」は初心者が一番ピアノが楽しい時に弾く曲であるとすると、ドビュッシーのアラベスクの難易度はグッとあがる。
作品の中にも書いてあるのだが、ドビュッシーは音と映像を重視した作曲家だ。
鍵盤から紡ぎ出される音の粒の煌めきが綺麗で、映画やドラマなど色々なシーンで使われることが多い。
わたしはフランスの映画監督、フランソワ・オゾンの作品を思い出す。
音の粒はキラキラしていても、なんともいえない複雑な魅力がある。
ささやかな悪意や日常を映し出した映像によく似合う。
読み終わると、仕掛けられていたミスディレクションを確認せずにはいられない。二度目は一度目よりじっくり味わって読む。すると、「そういうことか」と情報の出し方に感心する。
このミステリーがすごい……確かにそう言いたくなる1冊だ。
