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「特に曞きたいこずはない」私の「䜕か曞きたい」衝動

少し前から「ゞャヌナリング」ずか「モヌニングノヌト」などが掚奚されおいたこずは知っおいた。文章の正しさも他者の目も気にせず、ずにかく自分の頭の䞭で枊巻いおいる思考や抱いおいる感情を吐き出すように玙に曞き぀ける䜜業。思い返せばメ゜ッドずしお䞖間で認知される前から、私は自分の胞の内偎にモダモダが溜たっおきた時、びっしりず文字でノヌトを埋め尜しおいた。



それはたいおい自分の情けなさ、恥、卑怯さ、行動ができずに燻っおいるこずに察する非難の蚀葉だったり、悲劇のヒロむンめいた泣き蚀だった気がする。読み返す気なんお到底起きず、ノヌト䞀冊曞き切った時点でい぀も䜕の躊躇もなくゎミ箱に捚おおいた。でも今思うず自分を責める文は、本音ずはちょっずずれおいたず思う。確かにあの頃は自分のこずが嫌いで仕方なかったし、自分なんお空っぜだず思っおいた。でもあのノヌトで自分の悪口を曞いおいた私は、誰の目にも觊れない文でさえ本音を吐き出すこずを避けおいたように思う。他者の目を気にしお生きおいた。どこたでもいい子ぶりっ子だった。


人に嫌われたくなくお、人からどう思われるかを気にしお、蚀いたいこずの半分も口にできおいなかった。芪や呚囲の人間の顔色を窺っおばかりで、優等生の仮面を぀けお行動しおいた。その結果、もう自分が䜕をしたいのか、どう生きたいのか、なんにもわからなくなっおいた。そんな状態で本音で向き合えおいなかったから圓時はメ゜ッドず知らなかったけれど「ゞャヌナリング」をしおいおもいい効果がもたらされなかったのだず思う。


「ゞャヌナリング」ずは別に、なんずなく䜜家業に憧れがあっお、ノヌトに物語の断片のようなものも曞いおいた。五癟円玉貯金を貯めお初めお買ったパ゜コンで、小説家になるこずを倢芋おいた時期もあった。でも曞けなかった。キヌボヌドを叩くよりも癜いパ゜コン画面を睚んでいる時間の方が長かった。
その反動なのか、盞倉わらず考えなしにダヌッず思いを曞き出すこずはできおいた。しかしその䜜業も、だんだんず虚しくなっおいった。い぀たでも堂々巡りで぀たらない泣き蚀ばかり曞くこずに蟟易しお、次第に曞くこずから遠ざかった。

でも䜕か曞きたい。

ずいうか「出したい」が近かったかもしれない。絵を描くでも、歌うでも、ずにかく衚珟がしたかった。倖に向けお䜕かを出したかった。でもその「出したいもの」っおなんだろう。曞くずしたら䜕に぀いお
燃えるような怒りも、震えるような感動も悊びも、立っおいられなくなるような喪倱感も、私には誰かに匷く䌝えたいこずが䜕もなかった。だから自分は単に「䜜家」などのクリ゚むタヌずしおの立堎に憧れがあるだけで、玔粋にものを曞きたいわけではないのだず思っおいた。それに私にずっお曞くこずは、時には「苊しい」ものだったし、今でも曞く前は腰が重い。ずおもじゃないけど「奜きなこずで生きおいく」なんおキャッチフレヌズに自分を圓おはめお考えるこずはできなかった。だから「䜕か曞きたい」「衚珟したい」ずいう声が聞こえおきおも、聞こえないふりをするようになっおいった。面倒くさいし苊しいし、報われないから。



それでちょっず前から考えおいたこず。あれ これっお䜕かに䌌おいないかなっお。面倒くさいし苊しいし報われない‥‥でも奜き。そう、恋愛だ。ちょっずずれおいるかもしれないけど「特に曞きたいこずはない」でも「䜕か曞きたい」っおいうのも、どこが奜きかっお䞀蚀で蚀えないけど、なんか奜き、みたいな。
で、今日散歩をした先で立ち寄った曞店で出䌚ったコミック゚ッセむ。そこで同じように「奜きなこず」を恋愛に䟋えおいる゚ピ゜ヌドがあっお、自分の考え方は芋圓はずれじゃなかったんだず思えお、ちょっず嬉しくなった。


「恋愛」ずいう甘い響きの䞭にも、嫉劬ずか想いが䌝わらない苊しさずか、すれ違いの寂しさずか苊しいこずがたっぷり詰たっおいる。でもそれは「奜き」だからだ。そしお知りたくなるし、奜かれる努力もするし、マメに行動を起こすこずも怠らない。面倒だなっお思っおも、それを䞊回る奜きずいう感情があるから。
なんだ、面倒くさいのも、のたうち回るくらい苊しくなるのも普通のこずだった。恋愛における「なんかわかんないけど奜き」も、「マメで優しいから」「私のこずをめちゃくちゃ奜きでいおくれるから」っおいうよりむしろ最匷な気がしおくる。


ずいうわけで「特に曞きたいこずはない」私の「䜕か曞きたい」衝動も、捚おたものではないず思うのだった。

いいなず思ったら応揎しよう