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184. プロ野球にはない熱狂、有明高校の逆転快進撃!甲子園はアツい!

弟が野球クラブに入っていたのもあって、夏は甲子園を見るのが恒例でした。
当時は同年代、今は後輩たちが優勝めがけて全国から駆けつけ対決する。

プロ野球にはない、あの熱狂と感動の正体は何なのでしょうか。

現在、熊本代表「有明高校」が快進撃を見せています。
地元にいる時は隣市の高校で、弟も練習試合をしていた記憶。
そんな身近な存在が甲子園初出場を果たした!そんなニュースだけでも、個人的には感動していました。
ただ「有明高校」はそれだけでは終わりません。

初戦、京都代表「立命館宇治」に対して逆転勝ち
2回戦、長崎代表「長崎日大」との九州対決でも逆転勝ち
3回戦、福島代表「東日本国際大昌平」にも逆転勝ち

全ての試合で最後まであきらめず、むしろ逆転劇ばかりで見ているこちらがヒートアップするような形でベスト8入り。
甲子園初出場にして、優勝候補でもなかった高校がここまでのし上がったのを見ると、九州勢としては2007年の佐賀北高校を思い出します。

対戦相手であった広島代表「広陵高校」には現・広島東洋カープのコーチ、現役時代には「211試合連続先発登板」というプロ野球記録(NPB記録)を樹立した「野村祐輔」も所属しており、勝ち目はないだろうと思われていましたし、応援する側もまさかと思っていた記憶です。

当時は「がばい旋風」と呼ばれ、甲子園史上、歴史に残る下剋上でした。

そんな佐賀北を知っている私たちからすると、有明高校の今の逆転劇は「またあの感動を見られるのか」という期待と、7/28に襲った熊本地震で被災された県代表として、優勝してほしい、という勝手な願望が混ざっています。

そして地元が近いからこそ、SNSでも地元民が熱狂しているのを感じます。
有明高校のある荒尾市では現地での応援に行こう!とバスが手配され、向かえない人のためにはパブリックビューイングをしよう、選手の宿泊費などを工面するためにクラウドファンディングをしよう、とする人もいます。荒尾市は熊本県の最北端、震源地からは遠いものの被災した街の一つです。そんな状況でも県代表として頑張ってくれている有明高校野球部メンバーを応援したくなる、この気持ちは言葉だけでは表現できない想いがあります。

プロ野球はプロフェッショナルな世界だからこその熱狂があり、高校野球にはお金はないが、本人らの人生ではたった2週間の期間で無我夢中に野球に向き合っている姿に心が打たれるのでしょうか。
・チーム全員で勝ちたい
・仲間と長く野球したい
・応援してくれる人に応えたい
プレイヤーでもない私でも思いつくことはあります。当の本人たちはどんな事を感じてプレイしているのでしょうか。

歳を重ねると特に思いますが、人生って大体は思い通りになりません。
努力した人が必ず勝つわけでもない。
だからこそ、
「無我夢中でやっていたら、思いがけない景色にたどり着いた」
という物語に、人々は自分を重ねるのではないでしょうか。

「佐賀北」が優勝した時のように、すでに今年の有明高校は”夢を信じたあの夏”として記憶に残るチームです。
創部30年での初甲子園、ベスト8。
それだけでも被災した熊本県民に元気と勇気を送っていると思いますが、九州勢としてわがままを言って良いなら「目指せ優勝!」応援しとるばーい!

8/22追記
延長線までこだわった有明高校の夏はベスト8という形で終わりました。
そして有明高校との延長戦を勝ち抜いた群馬代表、健大高崎は準優勝。
今年の夏は智弁和歌山が制しました。本当におめでとうございます。

その後、荒尾市に戻った有明高校メンバーは各所で『感動をありがとう!おかえり!』と多くの報道陣も訪れたそうです。
SNSを見るだけでも荒尾市や熊本県が盛り上がり、地震のこともあってか、熊本のものを買おう!旅行に行こう!という動きも見えてきました。
震源地に近い宇土市にいる従弟らから「元気をもらった」という声が届きました。

いま追記しながらも感動してしまうのは歳のせいではなく、歳を重ねて色んな人の背景に思いを馳せれるからです。

小さい頃もテレビ越しに見ていた甲子園。
プレイヤー、監督らもですが、ベンチ入り出来なかったメンバー、そのご家族、応援に駆けつけた同級生、学校関係者、ボランティアで集まった応援団の方々。
応援団の方々は夜行バスで熊本↔︎兵庫を行き来していらっしゃったとか、0泊3日の旅、凄すぎる。
そしてこの白球を見つめた少年らが数年後には『目指せ甲子園優勝!』と同じ舞台に立つ人もいる。
やはり人を動かすのは居ても立っても居られない程の“想い”や“ビジョン”なのだという事を私は高校球児から学びました。
本当にアツい夏をありがとう!負けじと私もやります!

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