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生理がもたらす酷暑

真夏の生理ほど女を憂鬱に落とし入れるものはない。冬は大丈夫だ、体がほてっても股の下に綿があっても、防寒だと思ってさえいれば乗り切れることもある。でも年々異常に暑くなっていく夏に対し、ハンディファン付き・ミスト洗浄機能付きのナプキンは売っていない。きっとまだその内部温度の危険性について可視化されていないのだろう。いずれ時代が進めば、灼熱のアスファルトをペットが歩くのを止めるみたいに、じきに生理の女も外出が見つかり次第即刻止められるようになる。それだけじゃない、生理中のタクシー、ウーバーイーツのクーポン券なども出てきてもいい。

そんな理想を胸に、私は今年も蒸し風呂みたいな日本の夏で生理になる。セミの声に呼応するように頭痛・腹痛・吐き気がやってくれば、みろ、それは拷問じゃなくてなんだ。

私が生理に初めてなった時、それはほとんどすこし濡れた「おかか」のようだった。色も形もそっくりだった。私はそれがおかかであるという考えから一歩も動かず、何かの拍子にパンツの中に紛れ込んだ奇跡に酔いしれた。生きていればいろんなことがある、と、自分にもそんなセリフが言えるようになったのだ。誇らしいような、くすぐったいような気持ちだった。しかしいくら思い出しても、朝ごはんにおかかを食べた記憶だけが忽然となかった。

おかかでないとすると、次点の予想では虫だった。やはりサラサラの血ではなくすこし固形になっていたことが、初潮であるという予想を遠ざけた。虫なんかをお股の下に招くなんて、これは私だけの秘密にしておこう。でも一体いつ?誰かが私の寝ている間に仕込んだ?

ついにそれが何なのかよりもいつ誰が、ということで頭がいっぱいになり「パンツにおかかが!!」と母に珍事件を報告し笑わせようと思ったその時、「あれ、コレがうわさの生理?」と1パーセントほど思ったくらいだった。


あれから数十年、日本の暑さの質は変わった。でも暑いのは外だけではない。内側の温度。炎天下も、熱帯夜も、風呂上りも、その暑さといえば小さな炎を股の下に隠し持っているような感覚。ナプキン以外のタンポンやキャップも同じで、暑いのは変わらない。真夏にウールのマフラーを首に巻いていたらおかしな人だと笑うのに。生理は誰も笑わない。その孤高な暑さこそが、逆に痛々しくも悲しい。


私は考えた。なぜこんなにナプキンは暑いのか。
すると最近、読もうとした本に、「ナプキンを切り裂いたら中はつぶつぶになっていた」という描写をみつけた。とても気になってしまいその本にもう用はなくなった。生理の日を心待ちにし、いざ、使用済みナプキンをハサミでジョキジョキと切ってみる。血と綿はどう融合しているのだろうか?さあおまちかね、腐りかけの玉手箱をゆっくりと開くと、そこには本当に、無数のつぶつぶがはいっていた。

しかもそれは異様にキラキラしている。細かい粒状のゼリーだ。ナプキンにお世辞なんか言わない。でも臭いに反して綺麗だった。赤黒いグロテスクの中にあっても、光は人知れずコントラストを効かせていた….。でもこの複雑構造こそ、暑さの正体だ。

私はさっと丸めて袋にいれてから、殺人犯のような気持ちで血濡れのハサミを水道で洗う。なにか見てはならぬものをみたような気もする。そしてその間、代わりの真っ白いナプキンもまた、夏をぐんぐん加速させていく。


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