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惜しまれて閉会ーー万博が教えてくれたこと

🌿開催前には思いもよらなかった幕引き
万博が惜しまれて閉幕しました。
始まる前は「本当に大丈夫なの?」という声が多かったけれど、いざ開いて終わってみれば最後は「行ってよかった」と皆笑顔で語ります。
そんな不思議,いい意味で意外な幕の引き方でした。

気候も、もう前例どおりには行かない時代。
十月に三十度を超える日もあるほどです。
中学二年の娘が「新しい提案をしようとしたら、前例がないから認められません、と聞く耳持たない先生方はどうかと思う…答えになっていない気がする。おかしい」と生徒会で先生方に憤慨していた姿を思い出します。
あのときの彼女の怒りようが、今なら少しわかる気がしました。

前例のない時代を生きてる時代に、前例を追いかけて安心,安定を求める,それを最善の解決策として正しいと思い込んでいるのは私たち大人のほうなのかもしれない。
今回の開幕前の万博の批評していた時には思いもよらない閉会時の惜しまれ方。は誰にも予測できなかったこと、

明らかに「開催してよかった」と心から思えた人々の感想が、圧倒的に多かったと。

🌿関西の気質 
万博という大きな“場”には、
世界中の文化と人々が集まる。
その場をやわらかく包んだのが、主に関西の人たち。

お世話好きで、明るくて、ちょっとお節介で。
ノリがいい。関西弁のリズムもそのノリを加速したように感じます。

🌿他文化が混ざる時の触媒、持ち帰られた光るもの
関西の人懐っこさ,お世話焼き,ノリの良さが、多文化の出会いの中で『触媒』のような役割を果たし、万博の祝祭性を最大限に表現。

そこから生まれたキラキラした輝きや思い出が個々人の中にこの先20,30年、何か生きるエネルギーとなって輝き続ける『星のかけら』がそれぞれに持ち帰られ、備わったのでは。と思います。53歳の私でさえも、「地球の一員であることいいな、まだ私にも何かできるかも。この国に行ってみたい、万博行ってよかったな。」と明るい気持ちを持ち帰りました。

真夏の会場の入場を待つ長蛇の列。1時間弱入場を待つ列。
係のお兄さんが叫んでいました。

「水飲んでるか〜?! 我慢したらあかんで〜! 気分悪なったら言いや〜!」
その大阪らしい声に、なぜだか涙が出そうに。

“人の声”には、人を生かす力がある。
あの瞬間、すごい熱気に熱中症になりかかっていたのに、笑いの中で気持ちはふっと軽くなりました。

中一まで関西で育ち、その後の四十年を東京で過ごした私。若い頃は関西のお世話焼き、が多少暑苦しく、東京のさっぱりした距離感がカッコよく見えて憧れたけれど、
今は関西の「つながりの近さ」ちょっとおせっかい?の気質がが懐かしくありがたく感じました。

🌿正しい予測ではなく動いた後に生み出された結果を「共有する」
気を配り、笑い合い、困ったときは助け合う。
その力が、予測不能の時代を生き抜く鍵なのだと感じる。

これからの時代、
大事なのは「正しい予測」ではなく、「動いたあとの共有」ではないでしょうか

やってみて、違っていたら語り合えばいい。
そこからまた、新しい道が見える。
今回の万博は、そんな**“人の力で世界を動かす社会実験”**だった気がする。

関西が実家でよかった。
それがなければ、私たち家族もこの体験を持てなかっただろうと思います。

あの日の暑さも笑いも、
きっとこの先の未来を生きる力になる。

今ある状況からではどんなに酷評を得ていてもまず、行動してみる。

そこからまた、世界は動き出す。そんな実感をくれた万博の終わり方でした。




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