物語世界と現実世界における、時間のずれについて
生年が確定した架空の人物について
生年と年齢が両方明記されている場合
最近「成瀬は都を駆け抜ける」という本を読みました。
これは本屋大賞などを受賞した「成瀬は天下を取りにいく」の続編として、最近発売された本です。ご存じの方も多いことでしょうが、この記事では内容には踏み込みません。
この本は短編集なのですが、収録されている作品のうちのひとつ「実家が北白川」に下記のような文言がありました。
同作は二〇〇六年、奇しくも私の生まれ年に刊行された森見氏の出世作である。
これは、京大に入学したばかりの登場人物「梅谷誠」視点の文章です。本作品の初出は2025年1月とのことですが、その時点では2006年生まれの人物は18歳または19歳なので大学1年生という設定と矛盾はありません。
しかし、生年が示されたということは、今後現実世界で時が経過するにともない、登場人物も年を取るということを意味します。つまりは、この作品の舞台は2025年1月で固定されてしまったわけであり、たとえば2030年ごろに読み返したとしたら同時代の出来事ではないとして読む必要がある作品になりました。
いわゆる「サザエさん時空」が完全に排除されたともいえるでしょう。
ここで思い出したのは「恋文と13歳の女優」という漫画作品です。
子役芸能人の少女と、マネージャーのおにロリ話。単行本1巻のあとがきによると、この方にとっては初連載とのことですが絵とかすごくきれいだしいったい何者なのでしょうか…。
それはそれとして、単行本のカバー裏には子役芸能人「芳賀文乃」の生年月日が2009年4月16日と明記されています。

この作品の連載が始まった2022年9月時点で芳賀文乃は13歳でしたが、単行本1巻発売は2023年4月後半なのでこの時にはすでに14歳となっています。2026年1月現在も連載は続いているのですが、作中の芳賀文乃は13歳のままなので、この作品は「2022年を描いた作品であり、物語の舞台は今現在ではない」ことが確定したことになります。
これは、「成瀬は都を駆け抜ける」とまったく同じだと言えるでしょう。
ここまで大ごとのように書いてきましたが、実際はこういった例は珍しいことではありません。「ジャストミート」という作品があります。
部員が生徒が全員1年生の星高校野球部を舞台にした漫画なのですが、選手たちの生年は昭和43~44年に設定されています。昭和59年の連載開始当初は15~16歳だったのが連載が終了した昭和62年にはすでに18~19歳となっていて、これも連載中に「過去の物語」となった作品だと言えます。

2026年現在、この方は57歳ですね。
作中で流れる時間の速さと実際に流れる時間の速さを比較すると、多くの場合において実際の時間が速いためにこのようなずれが生じます。それはそういうものだとして割り切って読めばいいのですが、個人的にはちょっと気になったりもします。
これを逆手に取った作品に「八乙女×2」という漫画があります。小学校6年生男子の「八乙女カイ」の住むマンションの隣の部屋に、偶然同じ苗字の「八乙女ハルル」という女子が引っ越して来た場面から始まる日常系コメディ作品。
この作品には下記のような注釈が記載されています。

連載開始当初小学6年生だった八乙女カイ、八乙女ハルルも2026年1月現在は中学3年生にまで成長しました。
生年のみが確定して、年齢が確定していない作品
一方で、生年だけが確定していて年齢が非公表の場合は、現実世界に合わせて登場人物がどんどん年齢を重ねることになります。この系統でもっとも言及されることが多いのは、対戦型格闘ゲーム「ストリートファイター」に登場する春麗です。
最近は彼女の生年月日について公式に言及されることはないのですが、初出の「ストリートファイターII(ストII)」において生年月日が1968年3月1日と公表されていたため、2026年1月時点では58歳となってしまいました。

生年月日なんか設定しなかったらよかったのに…という声もあるのですが、かつて麻薬捜査官として活躍した彼女が58歳となった姿を想像するという楽しみ方もあるのかもしれません。
カプコンが発表した「ストII」のライバルでもあった、SNKの「画廊伝説」でも登場人物の生年月日が設定されていたそうです。彼女は1974年1月1日生まれなので、2026年1月現在52歳。Xでは元日になると毎年「#不知火舞生誕祭」のハッシュタグが盛り上がるそうです。
#不知火舞生誕祭#不知火舞生誕祭2025
— にワカのタイショー (@wasabitaishi) December 31, 2024
不知火舞ちゃん
51歳の誕生日おめでとう(1974年1月1日生) pic.twitter.com/km3JKlMRPR
年齢を公表して物語の舞台を過去に固定するのか、または年齢を公表せずに登場人物に加齢させるのか、どちらがいいのかと言われれば微妙なところです。個人的には、こういった作品で生年を公表すること自体が、特別な理由がない限りはメリットがないようにも思うのですが…。
年代が確定した架空の物語の舞台について
遠い未来を描いた「2001年宇宙の旅」
ここまで、登場人物に焦点を当ててきました。一方で「この話は西暦xx年が舞台となっている」ということを明確にした架空の物語もあります。
舞台が過去の場合は歴史小説などをはじめとして、過去の資料を参考にして物語を組み立てていくものが多いと思います。一方で、舞台が未来となっている場合は、詳細については作者が想像かつ創造したものとなります。
もっとも有名なのは「2001年宇宙の旅」でしょう。私はこの映画が大好きです(スタンリー・キューブリックが好きというほうがいいかもしれませんが)。
この映画が公表されたのは1968年。当時の人々にとっては2001年というのは遠い未来でした。そのような時代に想像かつ創造された2001年=21世紀というのは、月に人類が居住するような時代だったのです。


実際に我々は21世紀の世界に生きているわけですが、一般人が星間飛行をするというのは当面実現しそうもありません。
このように、遠い未来もいつかは到来するわけであって、その時に想像、創造があっていたかどうかの答え合わせがなされるのはやむを得ないことでしょう。そして、この正否が物語の評価に影響を与えるものではないというのも事実だと思います。
近い未来を描いた「セラフィムコール」
それでは、もう少し近い未来を舞台にした作品としてすぐに連想したのが、1999年秋アニメ「セラフィムコール」です。
動画の第7話は円積問題とか不完全性定理をテーマにした、なかなかとがった内容でした。
しかし今となってはこのアニメは「知る人ぞ知る」という雰囲気でもなく、普通にあまり話題にならなかったために忘れらさられたような状態です。
それはそうと、このアニメのテーマはずばり「2010年11少女物語」。

恋愛要素は薄めで、11人の少女に関するエピソードをオムニバス的に描いたアニメでした。少女それぞれに対してテーマ曲が1曲ずつ作られていて、毎話でEDテーマとして流れていたのを覚えています。11曲もあるので玉石混交で、これはひどいと思う曲もありましたが…。
舞台は、東京湾に浮かぶ人口島「横浜・ネオアクロポリス」。

これは、アニメ発表当時の1999年からわずか11年後にこのような巨大な人工島ができるという、なかなか大胆な設定でした。2010年当時には、こんな大規模な土木工事を行う余裕はとてもありませんでしたが…。
これは2010年を過ぎたのに「セラフィムコール」とはだいぶん違った世界に来てしまったという感慨がこもった当時の私のツイートです。
♪やはうえさま~、おげんきですか~、と言ったのはあさりよしとおでしたっけ?♪神様お願い、この恋を終わらせて、といえば「セラフィムコール」ですが、今となっては舞台の2010年を過ぎてしまいました。http://t.co/LAgkKlOq
— mietzsche (@mietzsche_k) October 16, 2011
20世紀に想像される21世紀は、現実の21世紀よりも重厚長大だった
「2001年宇宙の旅」「セラフィムコール」の両者に共通するのは、「21世紀には超巨大な建造物や乗り物がたくさん作られるだろう」という未来予測です。これはたぶん、20世紀における未来予想に共通したものでしょう。
デイリーポータルZの記事を貼り付けます。
空飛ぶバス、巨大なコンピューター、宇宙船、たくさんのロケット…。
「大きいことはいいことだ」というCMが流れたのは昭和42年でしたが、まさにそのような雰囲気で何もかもが大きいです。
一方で現実の21世紀は省資源、SDGsの時代。
巨大な有人宇宙船の開発はむしろ後退していて、スマホをはじめとして小さく手軽にという方向に技術開発が進みました。大きな機械で技術の存在をことさらにアピールするのではなく、さりげないところに技術を使って快適性を向上するというのが、実際のトレンドだったのだと思います。
まとめ
架空世界と現実世界における時間のズレについていろいろと思いつくまま文章を書いたのですが、なんだかまとまらない内容となってしまいました。
カバー画像は放課後ひみつクラブの単行本4巻より。
架空の元号を使うと、作品の年代をあいまいにすることが可能だという一例です。ただこの直後に「論破6年」=「西暦2163年」だと明かされるので、今から約140年後にはこの作品の世界が到来してしまうのですが。
