『まだ、使えるから。』
こんばんは。
フィレンツェの修復士、みっちーです。
今日は少しだけ趣向を変えて、夏になると思い出す我が家の話を。
どうぞ、お付き合いください。
夏になると、夫の目はいつも以上に研ぎ澄まされる。
私は時々、本気で思う。
夫の目は、三百六十度見えているんじゃないか、と。
車を運転していても、「あっ」と急に車を止める。
「えっ、どこ?」
私が辺りを見回している間に、夫はもうUターンしている。
その先には、決まって捨てられた扇風機がある。
イタリアでは、本来なら捨ててはいけない場所に、家具や家電が置かれていることが少なくない。
夫は、それを見逃さない。
「ちょっと、手伝って」
声に呼ばれて外へ出ると、またしても見知らぬ扇風機が転がっている。
「お願いだから、誰にも見られませんように……」
私はキョロキョロと辺りを見回しながら、それを家まで運ぶ。
こんなことを、もう何度繰り返しただろう。
我が家は、新しい扇風機を買ったことがない。
夫は、扇風機に限らず、直せば使えそうなものは何でも持ち帰る。
私はずっと、それが少し恥ずかしかった。
「貧乏くさい」と思ったことさえある。
けれど夫は、環境問題だのエコだの、そんな立派なことは一度も口にしない。
壊れた機械を分解し、油を差し、黙々と修理しながら、ぽつりと言う。
「まだ、使えるから」
その一言だけだった。
気がつけば、家にも工房にも、夫が直した扇風機が何台も並んでいる。
夏になると、それぞれの部屋で静かに風を送ってくれる。
新しい扇風機を買う理由が、本当にない。
二年前、大学でサステナブル・ビジネスを学び始めた息子が、ある日その扇風機を見ながら笑った。
「うちって、昔から最先端の暮らしをしてたんだね」
私は、その言葉に少し驚いた。
夫はきっと、「SDGsって知ってる?」と聞かれても、どこかの工具メーカーの名前だと思うだろう。
でも、壊れたものを直して使う暮らしは、ずっと前から変わらない。
先日、一人で買い物に出た帰り道。
大きなゴミ箱の横に、まだ新しそうな扇風機が置かれていた。
私は思わず立ち止まり、周囲をキョロキョロと見回す。
誰にも見られていないことを確かめて、そっとしゃがみ込んだ。
「……これ、まだ使えるかも」
思わず口をついて出たその一言に、自分で吹き出してしまった。
いつの間にか、夏になると目が研ぎ澄まされる人が、我が家にはもう一人増えていた。
いつも読んでくださり、ありがとうございます。

