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ちょいちょい書くかもしれない日記(母、再び入院)

朝、ゴミを出しに出たらふらふらする。
あ、微妙に半規管がストを起こしかけている気配……と察知して、自営業なので誰にことわる必要もなく午前休をきめこんだ、はずだった。
ところがそこから小刻みに目が覚めることといったら。
その都度、寝直しては違う夢を見て、それぞれが妙に気になるものだったりもして。
ひとつは、母の夢だった。
たぶん施設に入ったときより20年くらい前の母。
実家の台所で、母は何やら炒めてお皿に盛り分けていた。
母はずいぶん前に私に台所を任せてしまっていたし、あちこちの関節を悪くしてフライパンを持てなくなっていたので、もう完全に時系列無視の勝手な夢である。
でも、仕事が忙しかった母ゆえ、私が中高時代、夕食はほとんど焼いた野菜と焼いた肉だったため、とても懐かしい光景だった。
夢の中で、私と母は何かについて「ナイショの話なんだ?」「そう、内緒なのよ」というやり取りをしていた。何かは忘れた。
肝腎なことが起きたらすっぽ抜けているという、夢あるあるである。

変な夢だなあと思っていたら、施設から電話。
やはり母のお通じが殺人的に滞っており、施設かかりつけの内科医にコンサルトしたところ、やはり一度診察を……とのこと。
斜め向かいの、他のことでもお世話になっている病院ゆえ、施設の看護師さんが同行してくださるとのことでお任せした。
するとしばらくして、「入院することになりましたので、手続きをお願いします」という連絡が。
お、おう?
CTを撮ったところ、便とガスがちょっと不思議なところで完全に停滞しており、とにかく現状を改善しつつ、原因を探るために検査入院を、という話であった。なるほど。
午前休、あえなく終了。
すぐにかけつけ、以前もお世話になった病棟で入院手続きをすることに。
ただ、今は個室しか空いていないという。
知ってる。「それって病院都合ですよね?」というひろゆき仕草ができるやつだ。
でも、しない。
ここは救急も受けている市中の民間病院であり、しかも私は稼働していないとはいえ同業である。
経営の厳しさは容易に想像できる。
今のところ短期入院の予定なので、その間、少しでも母に快適に過ごしてほしい気持ちもある。
これからもお世話になりたい病院、なくなってほしくない。それに、大部屋に空きが出たら移動を打診してくれるとのことなので、ごねずにお金を落とそうと思った。
何しろ、宿代がアホみたいに跳ね上がった今となっては、個室差額はビジホに泊まる程度の金額なのである。人間の感覚は、常に変動しますな。
といっても長期入院に切り替わるようであれば、大部屋の空きをなにとぞ早く……! と真顔でお願いせねばならないだろうが。
父の入院のときも思ったが、「誰がお金を払うんだい?」ということをとにかくハッキリさせたい感じの書類にガリガリと署名しまくった。
弟も母を個室に入れることに即同意してくれた。母には甘い男児。
といっても、基本的に弟は母のことについては他人事ムーブなのであるが、「万が一、施設で見れんくらい状態が悪くなったら、俺んとこで見るから安心してや」などとさらっと言う。
私の手に余る事態になったら巻き取る心づもりがあるらしい。
変なところで行き届いた男なのである。しかし日常の世話にはもう少し積極的に噛んでこいよカモン! という複雑な姉心。
名もなき家事と同様に、介護にも名もなき労働、報われない消耗がたくさんあるのだ。

手続きを終えたあと、「面会時間がまだ始まっていないので、ゆっくりは困りますが、少しだけお話しなさってください」と、病室に入れてくれた。
いい部屋だ。
全然広くはないが、とにかく明るくて、ベッドからの眺めがいい。
施設の母の部屋からは、山手の住宅街しか見えないが、病室は海の方角に窓があるので、開放感が桁違い。
前回は大部屋しか空いていなくてそちらでお世話になったのだが、そこは窓がなく、何だかとても風通しの悪い、暗い部屋だった。
それはそれで落ち着いて眠れそうではあったが、やはり気が鬱ぐ空間だったことは確かである。
やっぱり思いきって個室でOKしてよかった。
母もなんだか気持ちよさそうに寝ていた……が、そっと触れてみるとお腹が爆発しそうに膨れている。
こらあかんやつや。
自覚症状はないと聞いていたが、よくよく訊ねてみると、やんわりお腹が痛いとも言う。
そうだろうなあ。まずは上手く……なるべく苦痛少なめで、腸の中を空っぽにすることができるとよいのだが。
今日は主治医に挨拶はできなかったので(まだ外来中らしい。本当にお疲れさまです)、よろしくお願いしますとお言付けして帰宅した。
今月出る本の見本が手元に来ており、暇潰しになるかなと持参したのだが、夢とは違い、今の母の手はもう、本1冊を保持する力もない。
病室だと邪魔になりそうなので、施設の部屋に置くことにして、バッグにしまいこんだ。
いったん病室を出て、駅前に行き、軽めのブランケットを買った。
布団が重いとブツクサ言っていたので、日中、ふわっと羽織れるように。あと、こちらも軽い着心地のカーディガンを買って、一緒に届けた。
母は、入院したこともよく飲み込めない感じではあったが、「お腹を楽にしてもらうためにここに来たんだよ」と言ったら、「それは助かるわね」と頷いた。
帰り際、母は不意に私の手を握った。
いつもは母のほうが温かいのに、今は私のほうが温かい。
母の爪はでっかくて長くて凄く形がいい。なんでそれを受け継がなかったんだろうか……と残念に思いながら、母の冷えた手を自分の手でサンドイッチしてさすった。
ついでに、「こないだ猫たちと一緒にNHKに出たんだよ。色んな人が連絡をくれたよ。退院したら……それか次のお見舞いのとき、ノートPCを持ってきて録画を見せるね」と言ったら、母は思いがけず、「嬉しかった?」と訊ねてきた。
そんな質問が来るとは予想だにしていなかった。
「うん、嬉しかった」
咄嗟の返事はそれだった。そうか、私は嬉しかったんだな……と、言葉にして初めて自分の感情に気づく感じだ。
母は笑って、「よかったわね。ご恩を返せるようにね」と言った。
そうだね。私ごときが、NHKにどうやってご恩を返せるのか全然わからんけど、ほんとにそうだね。
「あなたはいつも頑張っているから、報われて私も嬉しいわ」と母は続けた。
だからいつも言ってるでしょ。急にかつての母に戻るのはやめてください。
なんだか、手を離すのが惜しかった。
車に乗り込んでから、ぼとぼとと大粒の涙が落ちた。
もうね、ほんとにだめだからね、そういうのは。

弟は、私が心配し過ぎないように「大丈夫やで」系情報を含むメッセージをくれたが、やっぱり親が入院すると、それだけでけっこうこたえる。
なるようにしかならんよ、と自分に言い聞かせるしかない。
半規管のストは中止、あるいは順延になったようだ。

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椹野道流 こんなご時世なのでお気遣いなく、気楽に楽しんでいってください。でも、もしいただけてしまった場合は、猫と私のおやつが増えます。