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臭気の感じかたで確認する人間関係 | 臭気検査員の経験

他人の臭いというものは、視覚や聴覚以上に、理屈を飛び越えて感情に直結する。目を閉じても逃れられず、耳を塞いでもなお届いてくる。それゆえに、他者との距離感や関係性を、残酷なまでに正直に映し出してしまう感覚でもある。

まず、(1)愛している人の臭いは、ほとんど無条件に受け入れられる。いわば嗅覚の盲目である。客観的に見れば、決して無臭でも快い香りでもないはずなのに、不思議と気にならない。それどころか、安心や親密さの象徴にさえなる。人は、理屈ではなく関係性によって臭いを解釈していることがよく分かる現象である。

一方で、(2)初めて会う人の臭いは敏感に意識される。加齢臭であれ、強い香水であれ、その人の情報がまだ何もないからこそ、臭いがその人の印象を大きく左右する。視覚情報以上に、嗅覚は「この人は受け入れられるか」という無意識の判断材料になる。ここには、生理的な防衛本能のようなものが働いているのかもしれない。

さらに厄介なのが、(3)嫌いな人、あるいは興味のない人の臭いである。この場合、臭いそのものの強弱や種類とは別の次元で、拒絶反応が生じる。ほんのわずかな体臭であっても不快に感じ、逆に同じ臭いでも好意を持つ相手であれば気にならない。つまり臭いは、客観的な「強さ」ではなく、主観的な「関係性」によって増幅も減衰もされるのである。

私自身、
臭気検査員としての経験があるため、
一般の人よりも臭いに敏感である自覚はある。微細な違いを拾い上げる訓練を受けた以上、日常生活においても過剰に検知してしまう場面は少なくない。しかし、それでもなお、こうした(1)から(3)の傾向は自分の中に確かに存在している。むしろ、嗅覚に敏感であるがゆえに、人間関係と臭いの結びつきの強さを、よりはっきりと感じているのかもしれない。

嫁は流石に「臭い」とは言わない。
臭いはずなのだ。風呂キャンセル界隈が久しいオッサンなのだから。それでも、いまでも私を愛してくれていることか。
私も嫁がおそらく発しているかもしれない「加齢臭」を感じとっていない。加齢臭は誰でも発する。それを感じないのなら、それは能天気なラブラブ夫婦である。

結局のところ、臭いとは単なる化学物質ではなく、人間関係の縮図である。好意は鈍感さを生み、無関心は評価を鋭くし、嫌悪は過剰な拒絶へと変わる。鼻で感じているようでいて、実際には心で嗅いでいる、他人の臭いとは、そのような性質を持っている。

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